5 / 5
終章 夢幻
しおりを挟む
今川館は再び平穏を取り戻した。
館の新たな主となった義元は、寿桂尼の希望により、彼女と養子縁組をして嫡子の扱いを得た。
良真と越前守は花倉へ逃げ帰った。
しかし、岡部親綱の猛攻に耐えることができず、ついに花倉は陥落し、良真は『武士として』自刃する破目となった。
今川家の家督を継いだ義元は、精力的に活動した。内政では分国法である今川仮名目録を改正し、外交においては、甲斐の武田家、相模の北条家との甲相駿三国同盟を締結し、西へと戦力を集中するよう図った。
*
そして時は経ち、永禄三年(一五六〇年)五月。
海道一の弓取りとなった義元は、天下に号令するため、今川軍を率いて上洛することにした。
駿河を発ち、遠江を通り、三河を制し、そして尾張に至った義元は、輿の上でついうとうととしてしまい、夢の中で、若き日の良真との今川家の家督をめぐる戦いを思い出していた。
「だ、黙れえっ! お前だって死ぬのが怖かろう! ちがうか!」
「怖くはない。この義元、還俗したときより、この首討たれること、覚悟しておる」
――そのあたりで、義元は目が覚めた。
そんなこともあったな、と輿の上で微笑した。
そういえばあの時も、今と同じ五月であった。
あの時から、自分の覚悟は変わらない。
これからも。
雨が降って来た。
輿を止めた。
近侍に、ここはどこか、と問うた。
「――桶狭間にございます」
【了】
(Utagawa Kuniyoshi, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)
館の新たな主となった義元は、寿桂尼の希望により、彼女と養子縁組をして嫡子の扱いを得た。
良真と越前守は花倉へ逃げ帰った。
しかし、岡部親綱の猛攻に耐えることができず、ついに花倉は陥落し、良真は『武士として』自刃する破目となった。
今川家の家督を継いだ義元は、精力的に活動した。内政では分国法である今川仮名目録を改正し、外交においては、甲斐の武田家、相模の北条家との甲相駿三国同盟を締結し、西へと戦力を集中するよう図った。
*
そして時は経ち、永禄三年(一五六〇年)五月。
海道一の弓取りとなった義元は、天下に号令するため、今川軍を率いて上洛することにした。
駿河を発ち、遠江を通り、三河を制し、そして尾張に至った義元は、輿の上でついうとうととしてしまい、夢の中で、若き日の良真との今川家の家督をめぐる戦いを思い出していた。
「だ、黙れえっ! お前だって死ぬのが怖かろう! ちがうか!」
「怖くはない。この義元、還俗したときより、この首討たれること、覚悟しておる」
――そのあたりで、義元は目が覚めた。
そんなこともあったな、と輿の上で微笑した。
そういえばあの時も、今と同じ五月であった。
あの時から、自分の覚悟は変わらない。
これからも。
雨が降って来た。
輿を止めた。
近侍に、ここはどこか、と問うた。
「――桶狭間にございます」
【了】
(Utagawa Kuniyoshi, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
【短編】輿上(よじょう)の敵 ~ 私本 桶狭間 ~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
今川義元の大軍が尾張に迫る中、織田信長の家臣、簗田政綱は、輿(こし)が来るのを待ち構えていた。幕府により、尾張において輿に乗れるは斯波家の斯波義銀。かつて、信長が傀儡の国主として推戴していた男である。義元は、義銀を御輿にして、尾張の支配を目論んでいた。義銀を討ち、義元を止めるよう策す信長。が、義元が落馬し、義銀の輿に乗って進軍。それを知った信長は、義銀ではなく、輿上の敵・義元を討つべく出陣する。
【表紙画像】
English: Kano Soshu (1551-1601)日本語: 狩野元秀(1551〜1601年), Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
敵は家康
早川隆
歴史・時代
旧題:礫-つぶて-
【第六回アルファポリス歴史・時代小説大賞 特別賞受賞作品】
俺は石ころじゃない、礫(つぶて)だ!桶狭間前夜を駆ける無名戦士達の物語。永禄3年5月19日の早朝。桶狭間の戦いが起こるほんの数時間ほど前の話。出撃に際し戦勝祈願に立ち寄った熱田神宮の拝殿で、織田信長の眼に、彼方の空にあがる二条の黒い煙が映った。重要拠点の敵を抑止する付け城として築かれた、鷲津砦と丸根砦とが、相前後して炎上、陥落したことを示す煙だった。敵は、餌に食いついた。ひとりほくそ笑む信長。しかし、引き続く歴史的大逆転の影には、この両砦に籠って戦い、玉砕した、名もなき雑兵どもの人生と、夢があったのである・・・
本編は「信長公記」にも記された、このプロローグからわずかに時間を巻き戻し、弥七という、矢作川の流域に棲む河原者(被差別民)の子供が、ある理不尽な事件に巻き込まれたところからはじまります。逃亡者となった彼は、やがて国境を越え、風雲急を告げる東尾張へ。そして、戦地を駆ける黒鍬衆の一人となって、底知れぬ謀略と争乱の渦中に巻き込まれていきます。そして、最後に行き着いた先は?
ストーリーはフィクションですが、周辺の歴史事件など、なるべく史実を踏みリアリティを追求しました。戦場を駆ける河原者二人の眼で、戦国時代を体感しに行きましょう!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
商い幼女と猫侍
和紗かをる
歴史・時代
黒船来航から少しの時代。動物狂いでお家断絶になった侍、渡会正嗣と伊勢屋の次女ふたみはあるきっかけから協力して犬、猫、鶏と一緒になって世を守る。世直しドタバタ活劇。綺羅星の様な偉人ひしめく幕末の日本で、二人がひっそりと織り成す物語です。
鬼の武蔵は、いやにて候 -岩崎城陥落-
陸 理明
歴史・時代
織田信長によって「鬼武蔵」という異名をつけられた若き武将・森長可。主君の命により敵味方に恐れられるべき鬼として振る舞い続ける猛将の人生は、本能寺の変という歴史的大事件の発生によって激変していく。寄りかかるべき大樹であった主君と実弟・蘭丸を喪い、生きる意味を見失いかけた彼であったが、偶然見つけた槍の好敵手に狂気そのものの執着をすることで自らを奮い立たせ再び修羅の道へと突き進んでいく。
狙うべきは―――かつての僚友であった、岩崎城の丹羽氏次と美貌の弟・氏重兄弟の首のみ。
まず、歴史・小説大賞の応募作として一部完結とさせていただきます。第二部では羽黒の戦い、岩崎城の戦い、最後に小牧・長久手の戦いが中心となりますのでご期待ください。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
浮雲の譜
神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。
峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結 お疲れ様でした。
今川義元は、京オタクの残念な人のイメージだったのが、最近は見直されてきていますね。
本当なら天下を……
歴史に if が無いとは云え、残念な結果になりましたね。
ありがとうございます。
今川義元、織田信長に討たれたところから、そこからあの残念なイメージが付きまとい始めたと思います^^;
でもそういうフィナーレを迎えるというのも、やはり英雄として「らしい」最期だったのではないか、とも思います。
ありがとうございました。
コメント失礼いたします。
本当に、よく四男から太守になれましたよね。
勉強させていただきます。
「あの」織田信長に、しかも寡兵で奇襲で討たれたため、今川義元って、何か旧勢力の代表とか、「ボンボン」なイメージがあります。
でも調べると、国盗りで国主になっている(笑)
武田信玄と北条氏康の向こうを張って、三国同盟をしている^^;
……だから義元って、結構な人物だと思います。
何で誰も書かないんだろうと思って、筆を執った次第^^;
ありがとうございました!