2 / 3
02 お~い竜馬! 大政奉還は?
しおりを挟む
竜馬の口車で、その日の宇宙堂の昼食は、塾生全員でけつね饂飩を食べることになった。
豊玉宗匠の饂飩の量と、中村半次郎が塾生全員分と誤解した結果である。
「……まったく」
歎息しながらも、赤松小三郎は塾生らと竜馬の饂飩を盛った。
「生き返るきに」
満足げに麺を啜る隣の竜馬に、赤松は聞いた。
「そもそも匿ってくれとは、何からだい? 豊玉宗匠、君のことに気づいていたみたいだけど、何もしなかったし」
竜馬は麺を吹き出しそうになり、こらえてから、口を開いた。
「いや、何でもないきに」
「何でもなかったら隠れなくとも……」
「あっ! そうじゃ! さっき、私、夢を見たきに!」
竜馬は「赤いきつねと緑のたぬき」の寝言のことを持ち出した。赤松としては誤魔化されたた感があるが、それはそれで気になったので、話に乗った。
「じゃ、まずその謎から聞こうか。一体何が?」
「私によく似た……というか、格好をした男が居って、奇妙な話なんじゃが、器の蓋を開けて、湯を注いで一寸待つと、器の中にけつね饂飩が出来とるんじゃき」
「何だそりゃ、手妻かい?」
「いンや」
竜馬は肩を竦め、とにかく、夢の中の自分に扮した男がそのけつね饂飩を食した後、例の「赤いきつねと緑のたぬき」を叫んだと言う。
「何ぞ……宣伝のようじゃき」
「ふむ、君の海援隊だっけ? その船が沈められた時のアレみたいなのかい?」
かつて海援隊の船が、紀州藩の船と衝突して沈められた時、竜馬は賠償を求める活動の一環として、船の仇は金を取らずに国を取るという宣伝歌を流行らせたことがある。
「ほうじゃき、手妻じゃない思う」
「ふうん」
真面目な赤松は竜馬の夢を考察し、湯を入れると饂飩が出来る器の話、これは保存食ではないかという結論に達した。
「れえしょん?」
「瓶詰とか缶詰とかのことだ」
「ああ」
そういえば宇宙堂の蔵にも置いてあったなと竜馬は思い出した。
そんな竜馬の背に声がかかる。
「お~い竜馬」
「お、中岡か」
「中岡か、じゃないがよ、竜馬」
陸援隊の長・中岡慎太郎が、宇宙堂の玄関まで来ていた。
「後藤さんが心配しとるき、早帰って来いや」
後藤とは、土佐藩参政の後藤象二郎のことであり、当時、竜馬は後藤と組んで、ある構想を推進していた。
それは。
「ほいじゃけ、その後藤さんが言う、大政奉還を通す妙案なんぞ、思いつかんぜよ」
「大政奉還?」
汁を啜っていた赤松が反応する。
竜馬はけつね揚げをちゅうちゅうと吸ったあとに答えた。
「ほうじゃ、赤松先生。勝先生の言っとった、大政奉還、これが今かなえば、内乱が防げるっちゅう策じゃ」
「ほう」
赤松自身、「幕薩一和」を唱え、幕府と薩摩の融和を図り、幕府には議会制を示唆した建白書を提出していた。
そして大政奉還という構想は、赤松と竜馬の師である勝海舟が唱えたことがあり(勝自身の独創ではないが)、赤松も竜馬も、薩摩や長州といった雄藩と幕府の緊張を解消し、この国をより良くするために有効な手立てとして、実現に向けて行動していた。
「それじゃ大樹に会って説いてみては?」
「いンや」
竜馬は麺を啜りながら、器用に答えた。
そして啜り終えると言った。
「ご多忙とのことぜよ。会いたいのは山々だが、と」
せめて食事中にこちらが話すだけでもと食い下がったが、その食事の暇すらないと言われたという。
そして竜馬は無言で器を傾け、汁を飲み始めた。
さすがに気の毒に思った赤松が慰めようとした時。
竜馬は空になった器を取り落とした。
「……赤いきつねじゃ」
「器を落とすなよ……は? 君の寝言が何だ?」
「大樹は飯の暇があれば会う、言うたぜよ」
「すりゃ、先刻聞いた」
「それじゃ! それぜよ!」
「一寸いい加減に……」
その時、中岡が痺れを切らして宇宙堂に上がり込んできたが、竜馬はその中岡の肩をつかんで、小躍りした。
「後藤にもこれで言い訳が立つ! 中岡、戻って伝えといてくれ! 大樹に会って説くと!」
「……はあ?」
果ては竜馬が歌い出し、宇宙堂はてんやわんやの大騒ぎとなった。
その宇宙堂を、物陰からこっそりと窺う、目つきの悪い男のことなど、気づかぬくらいに。
豊玉宗匠の饂飩の量と、中村半次郎が塾生全員分と誤解した結果である。
「……まったく」
歎息しながらも、赤松小三郎は塾生らと竜馬の饂飩を盛った。
「生き返るきに」
満足げに麺を啜る隣の竜馬に、赤松は聞いた。
「そもそも匿ってくれとは、何からだい? 豊玉宗匠、君のことに気づいていたみたいだけど、何もしなかったし」
竜馬は麺を吹き出しそうになり、こらえてから、口を開いた。
「いや、何でもないきに」
「何でもなかったら隠れなくとも……」
「あっ! そうじゃ! さっき、私、夢を見たきに!」
竜馬は「赤いきつねと緑のたぬき」の寝言のことを持ち出した。赤松としては誤魔化されたた感があるが、それはそれで気になったので、話に乗った。
「じゃ、まずその謎から聞こうか。一体何が?」
「私によく似た……というか、格好をした男が居って、奇妙な話なんじゃが、器の蓋を開けて、湯を注いで一寸待つと、器の中にけつね饂飩が出来とるんじゃき」
「何だそりゃ、手妻かい?」
「いンや」
竜馬は肩を竦め、とにかく、夢の中の自分に扮した男がそのけつね饂飩を食した後、例の「赤いきつねと緑のたぬき」を叫んだと言う。
「何ぞ……宣伝のようじゃき」
「ふむ、君の海援隊だっけ? その船が沈められた時のアレみたいなのかい?」
かつて海援隊の船が、紀州藩の船と衝突して沈められた時、竜馬は賠償を求める活動の一環として、船の仇は金を取らずに国を取るという宣伝歌を流行らせたことがある。
「ほうじゃき、手妻じゃない思う」
「ふうん」
真面目な赤松は竜馬の夢を考察し、湯を入れると饂飩が出来る器の話、これは保存食ではないかという結論に達した。
「れえしょん?」
「瓶詰とか缶詰とかのことだ」
「ああ」
そういえば宇宙堂の蔵にも置いてあったなと竜馬は思い出した。
そんな竜馬の背に声がかかる。
「お~い竜馬」
「お、中岡か」
「中岡か、じゃないがよ、竜馬」
陸援隊の長・中岡慎太郎が、宇宙堂の玄関まで来ていた。
「後藤さんが心配しとるき、早帰って来いや」
後藤とは、土佐藩参政の後藤象二郎のことであり、当時、竜馬は後藤と組んで、ある構想を推進していた。
それは。
「ほいじゃけ、その後藤さんが言う、大政奉還を通す妙案なんぞ、思いつかんぜよ」
「大政奉還?」
汁を啜っていた赤松が反応する。
竜馬はけつね揚げをちゅうちゅうと吸ったあとに答えた。
「ほうじゃ、赤松先生。勝先生の言っとった、大政奉還、これが今かなえば、内乱が防げるっちゅう策じゃ」
「ほう」
赤松自身、「幕薩一和」を唱え、幕府と薩摩の融和を図り、幕府には議会制を示唆した建白書を提出していた。
そして大政奉還という構想は、赤松と竜馬の師である勝海舟が唱えたことがあり(勝自身の独創ではないが)、赤松も竜馬も、薩摩や長州といった雄藩と幕府の緊張を解消し、この国をより良くするために有効な手立てとして、実現に向けて行動していた。
「それじゃ大樹に会って説いてみては?」
「いンや」
竜馬は麺を啜りながら、器用に答えた。
そして啜り終えると言った。
「ご多忙とのことぜよ。会いたいのは山々だが、と」
せめて食事中にこちらが話すだけでもと食い下がったが、その食事の暇すらないと言われたという。
そして竜馬は無言で器を傾け、汁を飲み始めた。
さすがに気の毒に思った赤松が慰めようとした時。
竜馬は空になった器を取り落とした。
「……赤いきつねじゃ」
「器を落とすなよ……は? 君の寝言が何だ?」
「大樹は飯の暇があれば会う、言うたぜよ」
「すりゃ、先刻聞いた」
「それじゃ! それぜよ!」
「一寸いい加減に……」
その時、中岡が痺れを切らして宇宙堂に上がり込んできたが、竜馬はその中岡の肩をつかんで、小躍りした。
「後藤にもこれで言い訳が立つ! 中岡、戻って伝えといてくれ! 大樹に会って説くと!」
「……はあ?」
果ては竜馬が歌い出し、宇宙堂はてんやわんやの大騒ぎとなった。
その宇宙堂を、物陰からこっそりと窺う、目つきの悪い男のことなど、気づかぬくらいに。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
幕末短編集 ~生にあがく人たち~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
(第一章 真新しい靴がステップ ~竜馬、寺田屋にて遭難す~)
慶応2年1月23日(1866年3月9日)深夜2時、坂本竜馬とその護衛の三吉慎蔵は、寺田屋に投宿していたが、そこを伏見奉行の捕り方に襲撃される。
辛くも寺田屋の外へと逃れる竜馬と慎蔵だったが、竜馬が負傷により動けなくなり、慎蔵は決死の覚悟で伏見薩摩藩邸へと走る。
慎蔵は薩摩藩邸の手前まで来たところで、捕り方に追いつかれてしまう。
その時、藩邸から、ひとりの男が歩み出て来た。
中村半次郎という男が。
(第二章 王政復古の大号令、その陰に――)
慶応3年11月15日。中岡慎太郎は近江屋にいた坂本竜馬を訪ね、そこで刺客に襲われた。世にいう近江屋事件である。竜馬は死んでしまったが、慎太郎は2日間、生き延びることができた。それは刺客の過ち(ミステイク)だったかもしれない。なぜなら、慎太郎はその死の前に言葉を遺すことができたから――岩倉具視という、不世出の謀略家に。
(第三章 見上げれば降るかもしれない)
幕末、そして戊辰戦争──東北・北越の諸藩は、維新という荒波に抗うべく、奥羽越列藩同盟を結成。
その同盟の中に、八戸藩という小藩があった。藩主の名は南部信順(なんぶのぶゆき)。薩摩藩主・島津重豪(しまづしげひで)の息子である。
八戸藩南部家は後継ぎに恵まれず、そのため、信順は婿養子として南部家に入った。それゆえに──八戸藩は同盟から敵視されていた。
四方八方が八戸藩を敵視して来るこの難局。信順はどう乗り切るのか。
【表紙画像】
「きまぐれアフター」様より
岩倉具視――その幽棲の日々
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
幕末のある日、調子に乗り過ぎた岩倉具視は(主に公武合体とか和宮降嫁とか)、洛外へと追放される。
切歯扼腕するも、岩倉の家族は着々と岩倉村に住居を手に入れ、それを岩倉の幽居=「ねぐら」とする。
岩倉は宮中から追われたことを根に持ち……否、悶々とする日々を送り、気晴らしに謡曲を吟じる毎日であった。
ある日、岩倉の子どもたちが、岩倉に魚を供するため(岩倉の好物なので)、川へと釣りへ行く。
そこから――ある浪士との邂逅から、岩倉の幽棲――幽居暮らしが変わっていく。
【表紙画像】
「ぐったりにゃんこのホームページ」様より
花倉の乱 ~今川義元はいかにして、四男であり、出家させられた身から、海道一の弓取りに至ったか~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
今川義元は、駿河守護・今川氏親の四男として生まれ、幼くして仏門に入れられていた。
しかし、十代後半となった義元に転機が訪れる。
天文5年(1536年)3月17日、長兄と次兄が同日に亡くなってしまったのだ。
かくして、義元は、兄弟のうち残された三兄・玄広恵探と、今川家の家督をめぐって争うことになった。
――これは、海道一の弓取り、今川義元の国盗り物語である。
【表紙画像】
Utagawa Kuniyoshi, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
茜色した思い出へ ~半次郎の、人斬り~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
薩摩藩の軍事指導を担う赤松小三郎は、信州松平上田藩を出て、広く長崎に江戸にと学び、最終的には英国将校から、英語と兵学を学び、ついには英国歩兵練法を完訳するに至った俊才である。
薩摩藩士・野津道貫の依頼を受け、薩摩藩の京都藩邸において塾を開き、中村半次郎をはじめとする薩摩藩の子弟に、兵学を教え、練兵し、薩摩藩の軍事運用面を徹底的に英式へと転換を図った。
さらに、議会政治の可能性を模索し、越前の松平春嶽に建白書を提出し、また、薩長が武力倒幕を目指しているのを知り、幕府と薩摩の融和を求めて奔走していた。
しかし一方で、その赤松の才を買って、幕府からは招聘され、故郷・上田藩からは帰国を促され、小三郎は進退窮まり、ついに懇望もだしがたく、帰郷を選ぶ。
慶応三年九月三日夕刻――帰郷を目前に控えた赤松小三郎に、薩摩藩の刺客・中村半次郎が忍び寄る。
これは――その半次郎が何故「人斬り」となったのか、それを語る物語である。
【登場人物】
赤松小三郎:英国式兵学の兵学者
中村半次郎:薩摩藩士
小松清廉:薩摩藩家老
西郷吉之助:薩摩藩士、志士
大久保一蔵:薩摩藩士、政客
桂小五郎:長州藩士、政客
大村益次郎:長州藩士、軍人
【表紙画像】
「きまぐれアフター」様より
Battle of Black Gate 〜上野戦争、その激戦〜
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
慶応四年。上野の山に立てこもる彰義隊に対し、新政府の司令官・大村益次郎は、ついに宣戦布告した。降りしきる雨の中、新政府軍は午前七時より攻撃開始。そして――その最も激しい戦闘が予想される上野の山――寛永寺の正門、黒門口の攻撃を任されたのは、薩摩藩兵であり、率いるは西郷吉之助(西郷隆盛)、中村半次郎(桐野利秋)である。
後世、己の像が立つことになる山王台からの砲撃をかいくぐり、西郷は、そして半次郎は――薩摩はどう攻めるのか。
そして――戦いの中、黒門へ斬り込む半次郎は、幕末の狼の生き残りと対峙する。
【登場人物】
中村半次郎:薩摩藩兵の将校、のちの桐野利秋
西郷吉之助:薩摩藩兵の指揮官、のちの西郷隆盛
篠原国幹:薩摩藩兵の将校、半次郎の副将
川路利良:薩摩藩兵の将校、半次郎の副官、のちの大警視(警視総監)
海江田信義:東海道先鋒総督参謀
大村益次郎:軍務官監判事、江戸府判事
江藤新平:軍監、佐賀藩兵を率いる
原田左之助:壬生浪(新撰組)の十番組隊長、槍の名手
壬生狼の戦姫
天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。
土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──?
激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。
参考・引用文献
土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年
図説 新撰組 横田淳
新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる