平安短編集 ~説話集より~

四谷軒

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第二章 恋よりも恋に近しい ~京都祇園祭「保昌山(ほうしょうやま)」より~

01 出会い

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 時は平安。
 みやこの夜。
 平井保昌ひらいやすまさはため息をつきながら歩いていた。

「はあ……」



 保昌は日中、宮中に参内し、任地についての陳情を終え、自邸へと帰るところであった。
 ただ、宮中から出る寸前、保昌はある女官とすれちがった。
 女官は、何か考え事をしていたらしく、持っていた檜扇を落とした。

「おっと」

 一流の武人である保昌は、手をひるがえしてその檜扇ひおうぎが床に落ちる前に拾い上げ、女官の手元に戻した。

「ありがとうございます」

 聞くと、歌を考えていたらしく、それでしていたらしい。

「それにしても、檜扇を落ちる前に拾うなんて……凄い」

 保昌が無言で一礼しているうちに、女官は去った。
 ちょうどその時近くを通った別の女官に聞くと、彼女は和泉式部いずみしきぶというらしかった。



 この気持ちは何であろうか。
 恋、というものだろうか。
 初めて知る、気持ちだった。

「これは……恋? いやそれがしごときが和泉式部どのにそんな……そう……恋よりも恋に近しいと言うべきか」

 そう言って保昌は己の心を誤魔化した。
 源頼光と双璧とうたわれた保昌が独り身でいるのは、武人であるゆえ、いつこの身果てるとも知れないからだ。
 あるじ藤原道長ふじわらのみちながが持ってくる縁談の話も断って来た。

「笛でも吹くか」

 保昌は懐から笛を取り出して口にあてた。

「…………」

 笛を吹き、心を落ち着かせる。
 そのつもりでいた保昌の背後から、近づく者がいた。
 当時、道長四天王として名を馳せた保昌である。
 いかに物思いにふけり、笛を吹いているとはいえ、賊の気配を察していた。

「だが」

 今は。
 和泉式部に対する気持ちをどうとらえるか、どう考えるかの方が大事だ。
 ……気づくと保昌は自邸の前まで来ていた。

「おい」

「お、応!」

 保昌がちらりと振り返ると、壮年の男がいた。
 男は抜き身の刀を持って、立ち尽くしていた。

「おれを襲うつもりであったか、賊よ」

「滅相もない」

 賊は釈明した。
 最初こそ身ぐるみいでやろうとしていたが、気が変わった、と。

「アンタ、すげえ武人だ。隙がえや」

 袴垂はかまだれと名乗った賊は、刀を納めた。

「おれも一端いっぱしの賊だ。強いつもりだ。が……アンタにゃ形無かたなしよ」

 袴垂はきびすを返して帰ろうとした。しかし保昌は引き留めた。

「ありゃ。やっぱ見逃してくれないので?」

「ちがう」

 保昌は家に袴垂を招じ入れると、ころもをいくつか持ってきた。

「持って行け」

「こりゃ、どういう風の吹き回しで?」

「おれはな、物思いにふけっていた。隙だらけだった。お前がやろうと思えば襲えた」

 だからお前が盗れたはずのものとして受け取れ、と衣を差し出した。
 きょとんとしていた袴垂は、やがて大声で笑い出した。

「こりゃ面白おもしれえ! だがおれにも盗賊としての意地がある」

「そうか」

「いえいえ、ありがたく頂戴しやすが、その代わり」

 何か、願いはないかと袴垂は言った。
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