上 下
5 / 9
第二章 恋よりも恋に近しい ~京都祇園祭「保昌山(ほうしょうやま)」より~

01 出会い

しおりを挟む
 時は平安。
 みやこの夜。
 平井保昌ひらいやすまさはため息をつきながら歩いていた。

「はあ……」



 保昌は日中、宮中に参内し、任地についての陳情を終え、自邸へと帰るところであった。
 ただ、宮中から出る寸前、保昌はある女官とすれちがった。
 女官は、何か考え事をしていたらしく、持っていた檜扇を落とした。

「おっと」

 一流の武人である保昌は、手をひるがえしてその檜扇ひおうぎが床に落ちる前に拾い上げ、女官の手元に戻した。

「ありがとうございます」

 聞くと、歌を考えていたらしく、それでしていたらしい。

「それにしても、檜扇を落ちる前に拾うなんて……凄い」

 保昌が無言で一礼しているうちに、女官は去った。
 ちょうどその時近くを通った別の女官に聞くと、彼女は和泉式部いずみしきぶというらしかった。



 この気持ちは何であろうか。
 恋、というものだろうか。
 初めて知る、気持ちだった。

「これは……恋? いやそれがしごときが和泉式部どのにそんな……そう……恋よりも恋に近しいと言うべきか」

 そう言って保昌は己の心を誤魔化した。
 源頼光と双璧とうたわれた保昌が独り身でいるのは、武人であるゆえ、いつこの身果てるとも知れないからだ。
 あるじ藤原道長ふじわらのみちながが持ってくる縁談の話も断って来た。

「笛でも吹くか」

 保昌は懐から笛を取り出して口にあてた。

「…………」

 笛を吹き、心を落ち着かせる。
 そのつもりでいた保昌の背後から、近づく者がいた。
 当時、道長四天王として名を馳せた保昌である。
 いかに物思いにふけり、笛を吹いているとはいえ、賊の気配を察していた。

「だが」

 今は。
 和泉式部に対する気持ちをどうとらえるか、どう考えるかの方が大事だ。
 ……気づくと保昌は自邸の前まで来ていた。

「おい」

「お、応!」

 保昌がちらりと振り返ると、壮年の男がいた。
 男は抜き身の刀を持って、立ち尽くしていた。

「おれを襲うつもりであったか、賊よ」

「滅相もない」

 賊は釈明した。
 最初こそ身ぐるみいでやろうとしていたが、気が変わった、と。

「アンタ、すげえ武人だ。隙がえや」

 袴垂はかまだれと名乗った賊は、刀を納めた。

「おれも一端いっぱしの賊だ。強いつもりだ。が……アンタにゃ形無かたなしよ」

 袴垂はきびすを返して帰ろうとした。しかし保昌は引き留めた。

「ありゃ。やっぱ見逃してくれないので?」

「ちがう」

 保昌は家に袴垂を招じ入れると、ころもをいくつか持ってきた。

「持って行け」

「こりゃ、どういう風の吹き回しで?」

「おれはな、物思いにふけっていた。隙だらけだった。お前がやろうと思えば襲えた」

 だからお前が盗れたはずのものとして受け取れ、と衣を差し出した。
 きょとんとしていた袴垂は、やがて大声で笑い出した。

「こりゃ面白おもしれえ! だがおれにも盗賊としての意地がある」

「そうか」

「いえいえ、ありがたく頂戴しやすが、その代わり」

 何か、願いはないかと袴垂は言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

闇米

葱と落花生
歴史・時代
大阪地検の名物判事、弁財天嘉久一の生涯を極手短に。

[短編]羅生門 -武士と鬼女-【R-18】

朔村ナギ
歴史・時代
謡曲『羅生門』のアレンジです。 鬼をサキュバスに代えて『一条戻橋の鬼の話』とミックスしました。

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

妖術師

くしきわたる
歴史・時代
中国を舞台とした妖術を極める兄弟弟子の行く末を描く

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...