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07 白の境に舞う金烏。

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 三十五日間の短さ、早さで寧王の乱を鎮圧した王陽明。
 だがその報を聞いた、時の皇帝・正徳帝の反応は、王陽明の想像を絶した。

「親征するから、その時に寧王を鄱陽湖の近くで解放せよ?」

 正徳帝は、自身の「武功」を誇示することを好んだという。そしてこの寧王の乱の始末を知り、それを奇貨として、敢えて自ら軍を率いてし、「寧王をとらえた」といういさおしを顕したかったのだ。

「……それだけは、おやめくだされ」

 王陽明は懇願した。
 皇帝が北京から離れることによって、北からの脅威(「北虜南倭ほくりょなんわ」の「北虜」)への対応が疎かになること。そもそも皇帝親征自体が莫大な費用がかかり、国庫の負担になること。そしてその負担は、そのまま民衆の負担へと繋がっていくこと……等々。

 だが、正徳帝は親征を強行した。

 八月二十二日、奉天征討威張武大将軍鎮国公と称して、正徳帝は二万余の兵を率いて鄱陽湖に現れた。
 そして寧王、否、もはや朱宸濠しゅしんごうは、かねてからの手筈どおり、わざと解放され、そしてすぐに捕らえられた……
 その寧王の末路は言うまでも無かろうが、一応言っておくと、北京の近くの通州で処刑された。

 その後。
 王陽明は残りの一征、広西での叛乱鎮圧の勅命を受けた。
 しかし当初はさすがに年齢と病気で断った。
 だが勅命を断るなど許されず、病身を押して、戦場に立った。
 王陽明は見事勅命を果たした……が、帰るのを許す勅命は出なかった。
 そうこうするうちに、過労により病が進行したので、やむを得ずの帰途で……。

「私は白の境に舞う、金烏となれたのだろうか……」

 いや。
 なれた、なれない、ではない。
 今となっては。

 ――わが心光明なり、また何をか言わん。

 それが最期の言葉だったという。
 王陽明、病死。
 享年、五十八歳。
 ……その後、勅命に(勝手に帰った)ことが仇となり、王陽明の名誉は否定され、その教えもまた偽学と看做みなされた。
 しかし王陽明の「生き様」は、陽明の門人たちに響き渡り、禁じられたにもかかわらず、陽明の教えを学ぶものは絶えなかったという。
 単なる学者、単なる官人にとどまらず、まずもって己の行動をもって、その思うところを示し、国政の安定に寄与するためなら、己が毀誉褒貶は顧みない、その「生き様」により。
 
 ……やがて皇帝が代替わりし、穆宗という皇帝の代に、王陽明は名誉を回復されることになった。



【了】
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