絶砂の恋椿

ヤネコ

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狩りの始末

8―3

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「俺のことはどう扱っても構わねえが、あいつのことは丁重に世話をしてくれ」
 とは、クーロシュ一家の下男ムーシュの言だ。ムーシュは捕らえられたきり殆ど口を噤んでいるが、尋問の初日にこの連絡鳥の所在を、聞かれる前に自白した。ムーシュの言葉を頼りに訪れた廃屋の奥の間に、実にふてぶてしく鎮座していた巨鳥は、トゥルースの伴として現場に居合わせたカメリオの度肝を抜いた。
「そんなでっかくてよく飛べるね……お前」
 半ば呆れた様子で感心しながらカメリオが与えた餌を、連絡鳥は美味そうに啄む。トゥルースによればこの鳥は優れた帰巣本能を持つらしいが、カメリオからすればやたらに体が大きく、人懐っこい鳥だ。
 当初、餌遣りはタルズが行う予定であったが、タルズがぼそりと呟いた「これだけデカけりゃ食いでがありやすな」という冗談が聞こえていたのか、連絡鳥がタルズを見る度に暴れるようになったため、カメリオにお鉢が回ってきたのだ。
「ムーシュって奴、自分と手下のことは雑に扱うくせに、お前のことは大事みたいだよ」
 かつてムーシュの手下となった傭兵達の生き残りは、現在は苦役刑囚として怪我をした手下仲間達の看護に当たっている。そして、トゥルースはほぼ毎日彼等を訪い、労った。トゥルースが苦役刑囚らに訊ねるのは、他愛のない話であることはカメリオにも理解できた。
 しかし、トゥルースは苦役刑囚達の話を聞くだけでなく、顔と名前を一人ずつ覚えていた。彼等は次第にトゥルースに懐き、また、口々にムーシュの所業を告げ口するようになった。
 そうして集まった苦役刑囚達の証言を、トゥルースは几帳面に書面に綴っていた。カメリオも此処は読める言葉が増えたので、覗き見た書面にトゥルースが苦役刑囚の名前毎に彼等が話した事を記録しているのは理解できた。
 それがクーロシュへの反撃の一手になろうとは、昨夜トゥルースに『落とし前』について訊ねるまではわからなかったが。
「なんでみんな、うちの番頭さんの前だとお喋りになるのかな?」
 返事が返ってくる訳ではない疑問を、カメリオは連絡鳥の頬をむいむいと揉んでやりながら独りごちる。商人ならではの会話術なのだろうか。カメリオも、トゥルースとの会話では訊ねられるままに言葉が出てくるのを感じていた。
「でも……喋ってる時に触る必要って無いよね」
 苦役刑囚達との会話中に、彼等の肩や背にトゥルースがさり気なく触れていたことが、カメリオは何となく面白くなかった。自分がそうされたら条件反射的にトゥルースの腕を抓る割には、彼が他の者に触れることは気に入らないようだ。
「やっぱり不潔だよ。あの人」
 むくれたカメリオの言葉に応えるように、連絡鳥は短く鳴いた。
 さて、カメリオが連絡鳥と戯れている頃、トゥルースは熱弁を振るうダーゲルに微笑を向けていた。トゥルースとしてはダーゲルが知る前任者とムーシュの関係を今少し詳しく知りたかったのだが、が過ぎたらしく、ダーゲルの弁舌は朝から絶好調だ。
「――奴めは、またしても勝手な振る舞い。私めは猛然と抗議いたしましたが……」
「朝からそう熱弁しては疲れるだろう? もう少し掻い摘んで話してくれないか」
「いえいえ、お気遣いには及びません。ここからが聞かせどころですので……」
 そこそこ長きに亘る監禁生活で酒が抜けたお陰か、はたまた自己弁護の機会を与えられたと考えたのか。溌剌とした様子の中年に、トゥルースはそれとなく話の要約を促すが、ダーゲルは一向に意に介そうとしない。
 しかし、ダーゲルの小市民らしく人の後ろ暗さには目敏い性質は、ムーシュと前任者の健全とは言い難い関係を炙り出していた。
「ここだけの話ですな、奴の死因は病に見せ掛けた暗殺ではなかろうかと」
「お前でなければ気付かない隠蔽でも見つけたか? ダーゲル」
 トゥルースが相槌を打てば、ダーゲルは鼻腔を膨らませて頷く。この様子であれば、話が明後日の方向へ向かうことは無さそうだ。
「ええ……奴の遺骸はですな、死んでいるのが見つかった朝に、わざわざクーロシュ一家の者が引き取りに来ましたからな」
「なるほど。それは怪しいな」
 おめおめと引き渡したのかという言葉を呑み込んで、トゥルースは続きを促す。ダーゲルは自尊心が傷付く話題に及ぶと要所で言葉を濁す厄介な中年であることは、トゥルースもこれまでの対話で理解していた。
「以前にトゥルース様が一芝居打たれましたように、駐在地で没したとなればその土地で葬られるのが商会の倣い。それを覆してまで奴めの骸を回収せねばならぬ理由があった――そう思いませんか?」
「そのようだ。ところで、彼は亡くなる前から患っていたのか?」
「ええ。ですが、日頃から仮病を使う男でしたからな。いつもどこが痛いそこが痛いと喚いておりましたぞ」
 この場に小僧の一人でも居れば、お前が言うかと憤ったことであろうが、この場に居るのはトゥルースとダーゲルの二人きりだ。
「そうとあれば、彼の死は病とも毒によるものとも考えられそうだな」
「私めの見立てでは、遅効性の毒と思われますぞ。毒はクーロシュ一家の『お家芸』でございますからな」
 トゥルースは――お前がカナートで仕掛けようとした細工のようにな――という言葉を、既のところで喉の奥で噛み殺した。
「今日は有意義な話を聞けたよ。ありがとう」
「いえいえ。名残惜しいですが、また明日お聞かせしましょう」
「……ああ、よろしく頼む」
 地下室を後にしたトゥルースは、重たい溜め息を吐いた。何か清らかな、眩しいものに触れたい心地がトゥルースの全身を包んでいた。
 せめて、朝の空気でも吸うかとトゥルースが玄関のドアノブに手を掛けたところで、不意に扉が開いた。
「番頭さん……? おはよう、ございます」
「おはよう、マリウス」
 驚いたような顔で見下ろしてくるカメリオに、トゥルースは俄に胸中のざらつきが拭われたような心地を覚えた。
「鳥の様子はどうだった?」
「元気でした。でも、俺が帰ろうとすると寂しがって鳴くんです」
「そうか。俺も、君が部屋に帰ると寂しくなるからな」
 トゥルースの軽口に、カメリオは頬を淡く染めて眉を顰める。初心な反応を、トゥルースは改めて眩しく感じた。
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