絶砂の恋椿

ヤネコ

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贄の男

7―1

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「あんた、しょっちゅう死に損なってるな」
「そういうお前は、壮健そうでなによりだ」
 砦の親分ガイオとの対面が叶ったのは、墓所での乱戦から翌日の夜であった。ムーシュ捕縛から息つく間もなく、バハルクーヴ島に砂蟲が襲来したのだ。
 トゥルースの自室に招かれたガイオは、呆れ半分に部屋の主を労う。トゥルースもまた、厄介事を立て続けに捌きながらも全く疲れた様子を見せないガイオを労いながら、彼の酒坏に酒を注いだ。
 海都から持ち込んだ酒は、この日初めて開栓したものだ。水で割り、白く濁った酒に和らぎ水を添えて供すれば、ガイオは菓子を眼前にした子供のように目を輝かせた。
「こいつぁ……いや、いけねえ。今日は仕事の話をしに来たんだ」
「海都では、こいつを飲みながら腹を割った話をするんだ。ここは俺の顔を立てると思って飲ってくれないか?」
 自身の酒坏を持ち上げるトゥルースに、ガイオは口許をむずつかせながらも不承不承といった体で酒を舐める。
「……うめえな」
「気に入ってもらえて良かった」
 この所の慌ただしさに、すっかりと酒断ちしていたガイオの舌は、初めて味わう海都の酒に甘露を覚えた。トゥルースとしても、自身の来島以降苦労の掛け通しであったガイオへの、ささやかな労いが成功したことは喜ばしかった。
「しかし、逃げた傭兵達が島外に出ていたとはな」
「おう……あの野郎ども、命を粗末にしやがって」
 ムーシュの子飼いとしてトゥルースを襲撃したものの土壇場で逃走した傭兵達は、その足でムーシュが用意した砂船を使い、島から脱走を図った。しかし、彼等はこの時期の砂蟲の旺盛な食欲を楽観視し過ぎたようだ。
 砦の男達により狩られた砂蟲の腹からは、逃げた傭兵が遺骸となって発見された。丸呑みにされなかった連中も、砂漠の中で取り残されたとあっては、最早命が尽きるのも時間の問題だろう。
「砂船に乗り逸れた連中は、見つけ次第取っ捕まえていくけどよ……奴等も死罪か?」
「いいや。処分は苦役刑で頼む」
 バハルクーヴ島での犯罪行為は、原則殺人以外は苦役刑が執行されることにより、その罪の清算が成される。トゥルースの命を狙った傭兵達は死罪になることを、ガイオは予想していた。だが、トゥルースの回答は意外なものであった。
「働き手が足らないからな。彼等には、役に立ってもらうさ」
 甘い話には縋り付き、砂蟲を打倒する膂力も無ければ自ら新たな道を探る気概も無い者達だが、生きているうちは貴重な労働力だ。トゥルースは言葉通りの意図を告げたのだが、人情深いガイオはどこか安堵したように息を吐いた。
「墓所で捕まえた連中はどうする?」
「そちらも回復次第、苦役刑に処してくれ」
「本当にそれでいいのか?」
「南の崖送りの方が良かったか?」
 酒坏を傾けたトゥルースに、ガイオは安堵と反発が入り交じった顔で酒を呷った。水割りにしても酒精が強い酒は、ガイオの胃にじわりとした熱を齎す。
「……あんな連中は役立たずだってんで、処分しろって言われるとは思ったからよ」
「お前の中では、俺は随分と冷血漢のようだ」
 トゥルースは苦笑いを浮かべて酒坏を弄ぶ。水面に小さく巻いた渦を飲み下したところで、言葉を付け加えた。
「負傷者の世話には苦役刑の受刑者を当たらせてくれ。そこで適性を見て、仕事を与えよう」
「了解した。ああ――それでよ」
 ガイオは継いだ言葉を、鼻背にまで皺を寄せて言い淀んだ。トゥルースは続きを、顎をしゃくって促す。
「……あんた、うちのカメリオを引き抜くつもりか?」
「ご明察だ。実のところ今日は、その話をしようと思っていた」
 話が早いとばかりに頷くトゥルースに、ガイオは渋面を向ける。ふざけるなとトゥルースに向かって言い捨てられないのは、ムーシュらの押送後にカメリオからの直談判を受けたからだ。
「あいつに一体なにを吹き込んだんだ?」
 トゥルースの所業に怒りを向けながらも、彼の護衛を志願してきたカメリオへの返事をガイオは保留していた。砂蟲襲来への対応で忙しかったこともあるが、あれだけ鎚持ちに憧れていた青年がわずか一日で考えを変えるのはおかしい。原因としては、トゥルースがカメリオに何かしらの思考の誘導を行った可能性が高いとガイオは睨んだ。
「俺の身の上話をしたら、勝手だと叱られたよ。子供達が成長して俺を殴りに来るまでは――殺されないように、守ってくれるそうだ」
 歌うように語るトゥルースに、ガイオは自らの顎髭を掴み、深く鼻息を吐いた。カメリオは正義感が強い青年だ。そして、自らの境遇に近い者への共感的な感受性が強い。トゥルースは、そこに上手くつけ込んだようだ。ガイオは怒鳴り声を、酒と共に呑み込む。
「カメリオの腕っ節は並じゃねえ。けどよ、まだ十六歳のガキだ。そこんとこ、わかってんのか?」
「わかっているとも。だが、俺はカメリオに二度命を救われた。俺の命を預けるのは、彼しか居ないと考えている」
 トゥルースは希うような眼差しを酒坏に落とす。道理の話をするならば、トゥルースの言葉は返事になっていない。だが、命の恩の重さをガイオはよく知っている。
「……あいつも、あんたを守れるのは自分しかいねえだのと言い張りやがってな」
「そうか……頼もしいな」
 誑し込みやがって、と口の中で呟くガイオに、トゥルースははにかんだような笑みを返す。ガイオは調子が狂うのを感じながら、酒気が籠もった溜め息を吐いた。
「俺としちゃ、カメリオを鎚持ちにしたかったんだがよ……あんたは恨みを買うのが上手えみてえだからな」
「そのようだ」
「へっ、ちったあ反省しろ」
 皮肉に対して微笑み混じりに頷かれ、ガイオは毒づく。だが、その顔は酔いも相俟ってか、どこか親しげな呆れ顔であった。トゥルースという男は、つくづく理屈ではない言葉で人の心に入り込むのが上手いようだ。
「酒坏が空いたな。まだ飲めるか?」
「おう。馳走になるぜ」
 トゥルースは、流れるような仕草でガイオの酒坏に酒を注ぐ。自身の酒坏にも注いだ酒を味わいながら、トゥルースは改めてガイオが語ったカメリオの宣言を噛み締めていた。
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