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君の名はマリウス・前
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「ガイオ、ヴァンダ、ファビオ、グラート……よく、集まってくれたな」
話し合いの日がやって来た。集まった面々の表情は、仏頂面に引きつった笑顔、阿り顔に読めない微笑みと様々だ。
「ガイオ以外は、対面するのは今日が初めてだな。カームビズ商会のトゥルースだ。よろしく頼む」
各々が形式的な挨拶を済ませたところで、トゥルースはこの日の本題を切り出す。
「早速で悪いが、本題に入ろう――この島には、俺に恨みを持つ者が放った鼠が、一匹入り込んでいる。すまないが今日は鼠退治について、お前達の知恵を借りたい」
トゥルースの口から発せられた衝撃の言葉に、ガイオを除く島の顔役達は、顔色を変えた。
「ちっと、喋っていいか?」
と、ここでガイオが口を開いた。トゥルースはガイオに頷き、続きを促す。
「うちの野郎どもがあんたに悪さしたことは、詫びる。けどよ……なんでそのドブネズミ野郎から、うちのが嵌められることになったんだ?」
「奴は彼等に、水路の汚染と――それを見咎められたという筋での、俺殺しの濡れ衣を着せるつもりだったようだ。大罪を犯した彼等が何を言おうと取り合われることは無いし、物言わぬ骸になれば、自身の正体は割れないからな」
「なんだと……!?」
ガイオの全身に、ぶわりと怒気が漲った。怒気に中てられ、ファビオは小さく悲鳴を漏らす。そこへ、これまで微笑みを浮かべていた農場の代表グラートが、挙手をして発言した。
「あのぅ……鼠の特徴と、近寄りそうな場所を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ……鼻の脇に大きな疣がある、小柄な男だ。食い詰めた傭兵を手下にしているから、彼等に指示を出すべく酒場に出没する可能性が高いな」
「えぇっ!? うちの客がネズミの手下に!?」
これには、ファビオが悲鳴混じりの声で反応した。食い詰めた傭兵と言えば、口入れ屋の窓口兼酒場を営む彼の顔馴染みだ。
「奴は、こちらに正体が割れたことを悟っている可能性が高い。島民をこれ以上巻き込む前に捕らえたい」
「了解したよ。市場の皆に、ちびのイボ男に注意するようによく伝えておく」
トゥルースの言葉を受けて、ヴァンダはガイオに向き直った。
「親分。ネズミを見付けたらいつもみたいに目印立てて知らせるから、取っ捕まえるのは任せていいかい?」
「おう。任せろや」
市場では、店に不届き者が現れたことを警邏を担当する砦の男に知らせるべく、店先に赤い布を掲げる仕組みができている。これに対してファビオは、おっかなびっくり意見を述べた。
「親分、うちの客たちは武器を持ってるんだ。そいつらがネズミを庇って、おたくらに挑みかかってくるかもしれんぜ?」
「おう? そうだな……確かに武器を振り回されちゃ、おめぇ達が危ねえやな」
ガイオ自身は食い詰めた傭兵が武器をもっていようが負ける気はしないし、砦の男達も同様だろうが、周りに被害が出てはいけない。ガイオは顎髭を扱いて唸る。
「それなら、市場に武器を持ち込んだ客には酒を飲ませないようにしてはどうでしょうか? 彼等は酒が無ければ生きていけないのだから、大人しく呑み込むのでは?」
これに対して、グラートがやや辛辣な言葉で提案した。言葉の中に隠せない棘はともかく、悪くない案だ。
「ヴァンダ、ファビオ。今日から早速、市場へ武器を持ち込んだ者には酒を飲ませない旨、周知してもらえるか?」
「任せな。あたいらの市場を、薄汚いネズミに荒らされてたまるかってんだ」
「うちの客たちにも帰ったらすぐに言って聞かせますよ。連中は嫌ならツケを払えって言えば、大人しくなるもんですから」
トゥルースに対しての反発心が強いヴァンダではあるが、それ以上に自分達の愛する場所を余所者に荒らされるのは我慢ならない気持ちの方が強かった。
「グラート、農場の皆にも鼠の特徴を伝えてくれ。農場付近に出没した場合は、各々の身の安全を最優先にしてくれ」
「了解しました。個人の農家さん達にも、伝えておきます」
グラートの返事に頷いたトゥルースは、改めてガイオに言葉を掛ける。
「ガイオ。奴の捜索に砦の皆の力を借り受けること、俺からも正式に頼む」
「ったく……これに懲りたらよ、恨まれるような女遊びなんざもうするんじゃねえぞ」
ガイオの言葉に、ファビオが不自然な咳払いをした。思わず吹き出したのを誤魔化したようだ。
「どういうことだ……?」
「とぼけんなって。十二人も母親違いのガキを拵えて、この島に飛ばされたんだろ?」
この時、トゥルースは初めて自身の赴任の理由が、噂として島に流布していることを知った。ガイオの口から語られる話は大筋は事実と一致しているだけに否定し難く、トゥルースは改めて、クーロシュから向けられている自身への殺意の高さ――社会的な意味も含め――を、思い知るのであった。
話し合いの日がやって来た。集まった面々の表情は、仏頂面に引きつった笑顔、阿り顔に読めない微笑みと様々だ。
「ガイオ以外は、対面するのは今日が初めてだな。カームビズ商会のトゥルースだ。よろしく頼む」
各々が形式的な挨拶を済ませたところで、トゥルースはこの日の本題を切り出す。
「早速で悪いが、本題に入ろう――この島には、俺に恨みを持つ者が放った鼠が、一匹入り込んでいる。すまないが今日は鼠退治について、お前達の知恵を借りたい」
トゥルースの口から発せられた衝撃の言葉に、ガイオを除く島の顔役達は、顔色を変えた。
「ちっと、喋っていいか?」
と、ここでガイオが口を開いた。トゥルースはガイオに頷き、続きを促す。
「うちの野郎どもがあんたに悪さしたことは、詫びる。けどよ……なんでそのドブネズミ野郎から、うちのが嵌められることになったんだ?」
「奴は彼等に、水路の汚染と――それを見咎められたという筋での、俺殺しの濡れ衣を着せるつもりだったようだ。大罪を犯した彼等が何を言おうと取り合われることは無いし、物言わぬ骸になれば、自身の正体は割れないからな」
「なんだと……!?」
ガイオの全身に、ぶわりと怒気が漲った。怒気に中てられ、ファビオは小さく悲鳴を漏らす。そこへ、これまで微笑みを浮かべていた農場の代表グラートが、挙手をして発言した。
「あのぅ……鼠の特徴と、近寄りそうな場所を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ……鼻の脇に大きな疣がある、小柄な男だ。食い詰めた傭兵を手下にしているから、彼等に指示を出すべく酒場に出没する可能性が高いな」
「えぇっ!? うちの客がネズミの手下に!?」
これには、ファビオが悲鳴混じりの声で反応した。食い詰めた傭兵と言えば、口入れ屋の窓口兼酒場を営む彼の顔馴染みだ。
「奴は、こちらに正体が割れたことを悟っている可能性が高い。島民をこれ以上巻き込む前に捕らえたい」
「了解したよ。市場の皆に、ちびのイボ男に注意するようによく伝えておく」
トゥルースの言葉を受けて、ヴァンダはガイオに向き直った。
「親分。ネズミを見付けたらいつもみたいに目印立てて知らせるから、取っ捕まえるのは任せていいかい?」
「おう。任せろや」
市場では、店に不届き者が現れたことを警邏を担当する砦の男に知らせるべく、店先に赤い布を掲げる仕組みができている。これに対してファビオは、おっかなびっくり意見を述べた。
「親分、うちの客たちは武器を持ってるんだ。そいつらがネズミを庇って、おたくらに挑みかかってくるかもしれんぜ?」
「おう? そうだな……確かに武器を振り回されちゃ、おめぇ達が危ねえやな」
ガイオ自身は食い詰めた傭兵が武器をもっていようが負ける気はしないし、砦の男達も同様だろうが、周りに被害が出てはいけない。ガイオは顎髭を扱いて唸る。
「それなら、市場に武器を持ち込んだ客には酒を飲ませないようにしてはどうでしょうか? 彼等は酒が無ければ生きていけないのだから、大人しく呑み込むのでは?」
これに対して、グラートがやや辛辣な言葉で提案した。言葉の中に隠せない棘はともかく、悪くない案だ。
「ヴァンダ、ファビオ。今日から早速、市場へ武器を持ち込んだ者には酒を飲ませない旨、周知してもらえるか?」
「任せな。あたいらの市場を、薄汚いネズミに荒らされてたまるかってんだ」
「うちの客たちにも帰ったらすぐに言って聞かせますよ。連中は嫌ならツケを払えって言えば、大人しくなるもんですから」
トゥルースに対しての反発心が強いヴァンダではあるが、それ以上に自分達の愛する場所を余所者に荒らされるのは我慢ならない気持ちの方が強かった。
「グラート、農場の皆にも鼠の特徴を伝えてくれ。農場付近に出没した場合は、各々の身の安全を最優先にしてくれ」
「了解しました。個人の農家さん達にも、伝えておきます」
グラートの返事に頷いたトゥルースは、改めてガイオに言葉を掛ける。
「ガイオ。奴の捜索に砦の皆の力を借り受けること、俺からも正式に頼む」
「ったく……これに懲りたらよ、恨まれるような女遊びなんざもうするんじゃねえぞ」
ガイオの言葉に、ファビオが不自然な咳払いをした。思わず吹き出したのを誤魔化したようだ。
「どういうことだ……?」
「とぼけんなって。十二人も母親違いのガキを拵えて、この島に飛ばされたんだろ?」
この時、トゥルースは初めて自身の赴任の理由が、噂として島に流布していることを知った。ガイオの口から語られる話は大筋は事実と一致しているだけに否定し難く、トゥルースは改めて、クーロシュから向けられている自身への殺意の高さ――社会的な意味も含め――を、思い知るのであった。
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