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近づきたい微熱
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カームビズ商会内での仕事ぶりの評価は『そこそこ』の男であったダーゲルは、後ろ楯だけは立派な前責任者の尻拭い役として、バハルクーヴ支部に赴任した。最果ての島に飛ばされたダーゲルを待っていたのは、海都での文化的な生活とは程遠い日々であった。
惨めさを紛らわすべく入り浸った安酒場で、嫌でも目に飛び込んでくる溌剌とした若い活気は、孤独で草臥れた中年であるダーゲルが持ち得ないものだった。ダーゲルの寂しく荒んだ心は、彼等の活気を渇望した。
「彼らとは……飲み友達、とでも言いましょうか」
ぽつりぽつりと、ダーゲルは語りだした。トゥルースも性急に答えを求めることはせず、じっとダーゲルの言葉に耳を傾けている。
「無邪気な連中でしてね……はは、安い酒と肴を与えてやれば、随分と私に懐きましたよ」
ダーゲルは彼等に酒を奢り、飯を奢り、稚気に満ちた武勇伝に耳を傾けた。謎めいた有閑紳士を気取り、島外の話を聞かせてやったこともある。活力に満ちた年若い大男達の酒量に付き合い、夢現となったダーゲルの生活は、次第に荒れていった。
「貴方様への不満があるならば直接伝えろとは申しましたが……まさか、私の話をあのように曲解しようとは――やはり、粗野な連中は困りますな」
乱れた生活が祟り、何時しか商会支部内での立場も無くしたダーゲルは、身勝手な逆恨みを青年達に覚えた。本人達は全く自覚が無いトゥルース暗殺劇の主犯格へと青年達を焚き付けることで、ダーゲルは仄暗い復讐心を満たしたのだ。
「そうか――しかし、不可解だな」
トゥルースはダーゲルの顎を自らの指で上げさせると、鬱金色の瞳でじっとダーゲルの瞳を覗き込んだ。
「お前と俺は、今ここで初めて面識を持ったはずだが……何故、俺があの場所を訪れると彼等に告げた?」
「……貴方様程に、偉大な御方であれば、きっと、この島の水源を……見に行くであろうと」
ダーゲルの瞳が怯えたように動くのを、トゥルースは鋭い眼力で絡め取るように睨め付ける。さながら猛禽に捕らえられた小鳥のように、ダーゲルは唇を震わせた。
「御為ごかしを囀らせるために、お前を生かしていると思ったか?」
怒鳴りつけるわけではない、だが、明確な怒りを帯びた声に、ダーゲルは吐き出そうとした誤魔化しを呑み込んだようだ。端正な口元の赤黒い痣は、トゥルースに剣呑な凄みを与えていた。
「質問を変えよう。何故、お前はカナートに居た?」
「そ、れは……」
ダーゲルが怯えたのは、果たしてトゥルースの責めに対してのみであっただろうか。眉間をゆがめ、頬を青褪めさせるダーゲルから視線を逸し、トゥルースはタルズへと振り向く。
「交代しやすか?」
「いや……お前には、彼等に美味いスープを作って貰わねばならないからな」
真顔で場にそぐわぬ言葉を発するトゥルースにやれやれと肩をすくめて、タルズは自らの懐に仕込んだ小刀を彼に手渡した。
よく研がれた、ぬらりと鈍く光る小刀を受け取り、トゥルースはダーゲルに向き直る。
「は、刃物で脅すとは……貴方様に、カームビズ商会番頭としての矜持は無いのですか!?」
「なに、俺もこれで命を取るつもりはないさ」
拘束により椅子に固定されたダーゲルの右の小指と薬指の付け根に、トゥルースは躊躇無く小刀を当てる。濁った悲鳴が、狭い部屋の壁に吸い込まれた。
「だが、くたばったとして五体をまともに冥府に連れていけるかは、お前の心掛け次第だ」
手の甲に向けて深く長くなったダーゲルの小指は、まだ辛うじて肉体と繋がっている。だが、彼の視線は自らの指をただの肉片に変えんとする凶器でも、それを握るトゥルースでもなく、赤赤と火を焚べられた炉に注がれていた。
ようやく発揮されたダーゲルの海都生まれらしい察知に、トゥルースは正解だと言わんばかりに頷いてみせる。
「カナートに、おかしなものを仕込もうとしていたそうだな。商会との誓約を忘れたか?」
トゥルースの問いに、失われた血潮の余白を恐怖が埋めるのをダーゲルは自覚した。指先から駆け抜ける悪寒が、彼の上下の歯を打ち鳴らさせる。
「み、『水を冒す者……死を以て、罪を……贖うべし』……!」
「そうだ。我々は水で商いをしてきただろう……だのに、何故お前はそれを冒そうとした」
ダーゲルは、両の眼から後悔の涙を流す。しかしそれは、自らの過ちを悔いるものではなく、ただあの時――不運にも船頭の男に露見さえしなければという、どこまでも自己憐憫に満ちたものであった。
「お赦しを……私には、従う他の、道は無かったのです……!」
「そうか。あくまでお前の意志では無いと、そう言うのだな」
「断れば私の命を取られたのです……! お赦しくださいませ!」
トゥルースさえバハルクーヴ島に左遷されなければこのような事には――自分こそが、トゥルースに巻き込まれた被害者だと、ダーゲルは心の中で叫んだ。血潮と共に冷静さを失った男の口からは、訊ねられる前から共犯者の存在が明かされた。
そんなダーゲルに、トゥルースは先程までとは打って変わった慈愛に満ちた声で訊ねる。
「哀れなダーゲル……誰がお前の命を奪うというのだ。俺をその候補から外したいのなら、お前が知るその名を告げるがいい」
血に濡れた小刀の先で、先程痛め付けた方ではない耳の耳珠を撫でながら、トゥルースは訊ねる。痛痒さの後のじわりと濡れたような感触に、たまらずダーゲルは呻き声を上げた。
「く、クーロシュ一家の者です……前責任者に、仕送りを届けていたのと……同じ、男でした」
身も世もない有様で、ダーゲルはトゥルースの言葉に飛びつく。哀れみを乞うようなダーゲルの眼差しを見つめ返しながらも、告げられた名前が自身の予想通りであったことに、トゥルースは苦く笑った。
惨めさを紛らわすべく入り浸った安酒場で、嫌でも目に飛び込んでくる溌剌とした若い活気は、孤独で草臥れた中年であるダーゲルが持ち得ないものだった。ダーゲルの寂しく荒んだ心は、彼等の活気を渇望した。
「彼らとは……飲み友達、とでも言いましょうか」
ぽつりぽつりと、ダーゲルは語りだした。トゥルースも性急に答えを求めることはせず、じっとダーゲルの言葉に耳を傾けている。
「無邪気な連中でしてね……はは、安い酒と肴を与えてやれば、随分と私に懐きましたよ」
ダーゲルは彼等に酒を奢り、飯を奢り、稚気に満ちた武勇伝に耳を傾けた。謎めいた有閑紳士を気取り、島外の話を聞かせてやったこともある。活力に満ちた年若い大男達の酒量に付き合い、夢現となったダーゲルの生活は、次第に荒れていった。
「貴方様への不満があるならば直接伝えろとは申しましたが……まさか、私の話をあのように曲解しようとは――やはり、粗野な連中は困りますな」
乱れた生活が祟り、何時しか商会支部内での立場も無くしたダーゲルは、身勝手な逆恨みを青年達に覚えた。本人達は全く自覚が無いトゥルース暗殺劇の主犯格へと青年達を焚き付けることで、ダーゲルは仄暗い復讐心を満たしたのだ。
「そうか――しかし、不可解だな」
トゥルースはダーゲルの顎を自らの指で上げさせると、鬱金色の瞳でじっとダーゲルの瞳を覗き込んだ。
「お前と俺は、今ここで初めて面識を持ったはずだが……何故、俺があの場所を訪れると彼等に告げた?」
「……貴方様程に、偉大な御方であれば、きっと、この島の水源を……見に行くであろうと」
ダーゲルの瞳が怯えたように動くのを、トゥルースは鋭い眼力で絡め取るように睨め付ける。さながら猛禽に捕らえられた小鳥のように、ダーゲルは唇を震わせた。
「御為ごかしを囀らせるために、お前を生かしていると思ったか?」
怒鳴りつけるわけではない、だが、明確な怒りを帯びた声に、ダーゲルは吐き出そうとした誤魔化しを呑み込んだようだ。端正な口元の赤黒い痣は、トゥルースに剣呑な凄みを与えていた。
「質問を変えよう。何故、お前はカナートに居た?」
「そ、れは……」
ダーゲルが怯えたのは、果たしてトゥルースの責めに対してのみであっただろうか。眉間をゆがめ、頬を青褪めさせるダーゲルから視線を逸し、トゥルースはタルズへと振り向く。
「交代しやすか?」
「いや……お前には、彼等に美味いスープを作って貰わねばならないからな」
真顔で場にそぐわぬ言葉を発するトゥルースにやれやれと肩をすくめて、タルズは自らの懐に仕込んだ小刀を彼に手渡した。
よく研がれた、ぬらりと鈍く光る小刀を受け取り、トゥルースはダーゲルに向き直る。
「は、刃物で脅すとは……貴方様に、カームビズ商会番頭としての矜持は無いのですか!?」
「なに、俺もこれで命を取るつもりはないさ」
拘束により椅子に固定されたダーゲルの右の小指と薬指の付け根に、トゥルースは躊躇無く小刀を当てる。濁った悲鳴が、狭い部屋の壁に吸い込まれた。
「だが、くたばったとして五体をまともに冥府に連れていけるかは、お前の心掛け次第だ」
手の甲に向けて深く長くなったダーゲルの小指は、まだ辛うじて肉体と繋がっている。だが、彼の視線は自らの指をただの肉片に変えんとする凶器でも、それを握るトゥルースでもなく、赤赤と火を焚べられた炉に注がれていた。
ようやく発揮されたダーゲルの海都生まれらしい察知に、トゥルースは正解だと言わんばかりに頷いてみせる。
「カナートに、おかしなものを仕込もうとしていたそうだな。商会との誓約を忘れたか?」
トゥルースの問いに、失われた血潮の余白を恐怖が埋めるのをダーゲルは自覚した。指先から駆け抜ける悪寒が、彼の上下の歯を打ち鳴らさせる。
「み、『水を冒す者……死を以て、罪を……贖うべし』……!」
「そうだ。我々は水で商いをしてきただろう……だのに、何故お前はそれを冒そうとした」
ダーゲルは、両の眼から後悔の涙を流す。しかしそれは、自らの過ちを悔いるものではなく、ただあの時――不運にも船頭の男に露見さえしなければという、どこまでも自己憐憫に満ちたものであった。
「お赦しを……私には、従う他の、道は無かったのです……!」
「そうか。あくまでお前の意志では無いと、そう言うのだな」
「断れば私の命を取られたのです……! お赦しくださいませ!」
トゥルースさえバハルクーヴ島に左遷されなければこのような事には――自分こそが、トゥルースに巻き込まれた被害者だと、ダーゲルは心の中で叫んだ。血潮と共に冷静さを失った男の口からは、訊ねられる前から共犯者の存在が明かされた。
そんなダーゲルに、トゥルースは先程までとは打って変わった慈愛に満ちた声で訊ねる。
「哀れなダーゲル……誰がお前の命を奪うというのだ。俺をその候補から外したいのなら、お前が知るその名を告げるがいい」
血に濡れた小刀の先で、先程痛め付けた方ではない耳の耳珠を撫でながら、トゥルースは訊ねる。痛痒さの後のじわりと濡れたような感触に、たまらずダーゲルは呻き声を上げた。
「く、クーロシュ一家の者です……前責任者に、仕送りを届けていたのと……同じ、男でした」
身も世もない有様で、ダーゲルはトゥルースの言葉に飛びつく。哀れみを乞うようなダーゲルの眼差しを見つめ返しながらも、告げられた名前が自身の予想通りであったことに、トゥルースは苦く笑った。
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