絶砂の恋椿

ヤネコ

文字の大きさ
上 下
22 / 78
近づきたい微熱

4―2

しおりを挟む
 カームビズ商会内での仕事ぶりの評価は『そこそこ』の男であったダーゲルは、後ろ楯だけは立派な前責任者の尻拭い役として、バハルクーヴ支部に赴任した。最果ての島に飛ばされたダーゲルを待っていたのは、海都での文化的な生活とは程遠い日々であった。
 惨めさを紛らわすべく入り浸った安酒場で、嫌でも目に飛び込んでくる溌剌とした若い活気は、孤独で草臥れた中年であるダーゲルが持ち得ないものだった。ダーゲルの寂しく荒んだ心は、彼等の活気を渇望した。
「彼らとは……飲み友達、とでも言いましょうか」
 ぽつりぽつりと、ダーゲルは語りだした。トゥルースも性急に答えを求めることはせず、じっとダーゲルの言葉に耳を傾けている。
「無邪気な連中でしてね……はは、安い酒と肴を与えてやれば、随分と私に懐きましたよ」
 ダーゲルは彼等に酒を奢り、飯を奢り、稚気に満ちた武勇伝に耳を傾けた。謎めいた有閑紳士を気取り、島外の話を聞かせてやったこともある。活力に満ちた年若い大男達の酒量に付き合い、夢現となったダーゲルの生活は、次第に荒れていった。
「貴方様への不満があるならば直接伝えろとは申しましたが……まさか、私の話をあのように曲解しようとは――やはり、粗野な連中は困りますな」
 乱れた生活が祟り、何時しか商会支部内での立場も無くしたダーゲルは、身勝手な逆恨みを青年達に覚えた。本人達は全く自覚が無いトゥルース暗殺劇の主犯格へと青年達を焚き付けることで、ダーゲルは仄暗い復讐心を満たしたのだ。
「そうか――しかし、不可解だな」
 トゥルースはダーゲルの顎を自らの指で上げさせると、鬱金色の瞳でじっとダーゲルの瞳を覗き込んだ。
「お前と俺は、今ここで初めて面識を持ったはずだが……何故、俺があの場所を訪れると彼等に告げた?」
「……貴方様程に、偉大な御方であれば、きっと、この島の水源を……見に行くであろうと」
 ダーゲルの瞳が怯えたように動くのを、トゥルースは鋭い眼力で絡め取るように睨め付ける。さながら猛禽に捕らえられた小鳥のように、ダーゲルは唇を震わせた。
「御為ごかしを囀らせるために、お前を生かしていると思ったか?」
 怒鳴りつけるわけではない、だが、明確な怒りを帯びた声に、ダーゲルは吐き出そうとした誤魔化しを呑み込んだようだ。端正な口元の赤黒い痣は、トゥルースに剣呑な凄みを与えていた。
「質問を変えよう。何故、お前はカナートに居た?」
「そ、れは……」
 ダーゲルが怯えたのは、果たしてトゥルースの責めに対してのみであっただろうか。眉間をゆがめ、頬を青褪めさせるダーゲルから視線を逸し、トゥルースはタルズへと振り向く。
「交代しやすか?」
「いや……お前には、彼等に美味いスープを作って貰わねばならないからな」
 真顔で場にそぐわぬ言葉を発するトゥルースにやれやれと肩をすくめて、タルズは自らの懐に仕込んだ小刀を彼に手渡した。
 よく研がれた、ぬらりと鈍く光る小刀を受け取り、トゥルースはダーゲルに向き直る。
「は、刃物で脅すとは……貴方様に、カームビズ商会番頭としての矜持は無いのですか!?」
「なに、俺もこれで命を取るつもりはないさ」
 拘束により椅子に固定されたダーゲルの右の小指と薬指の付け根に、トゥルースは躊躇無く小刀を当てる。濁った悲鳴が、狭い部屋の壁に吸い込まれた。
「だが、くたばったとして五体をまともに冥府に連れていけるかは、お前の心掛け次第だ」
 手の甲に向けて深く長くなったダーゲルの小指は、まだ辛うじて肉体と繋がっている。だが、彼の視線は自らの指をただの肉片に変えんとする凶器でも、それを握るトゥルースでもなく、赤赤と火を焚べられた炉に注がれていた。
 ようやく発揮されたダーゲルの海都生まれらしい察知に、トゥルースは正解だと言わんばかりに頷いてみせる。
「カナートに、おかしなものを仕込もうとしていたそうだな。商会との誓約を忘れたか?」
 トゥルースの問いに、失われた血潮の余白を恐怖が埋めるのをダーゲルは自覚した。指先から駆け抜ける悪寒が、彼の上下の歯を打ち鳴らさせる。
「み、『水を冒す者……死を以て、罪を……贖うべし』……!」
「そうだ。我々は水で商いをしてきただろう……だのに、何故お前はそれを冒そうとした」
 ダーゲルは、両の眼から後悔の涙を流す。しかしそれは、自らの過ちを悔いるものではなく、ただあの時――不運にも船頭の男に露見さえしなければという、どこまでも自己憐憫に満ちたものであった。
「お赦しを……私には、従う他の、道は無かったのです……!」
「そうか。あくまでお前の意志では無いと、そう言うのだな」
「断れば私の命を取られたのです……! お赦しくださいませ!」
 トゥルースさえバハルクーヴ島に左遷されなければこのような事には――自分こそが、トゥルースに巻き込まれた被害者だと、ダーゲルは心の中で叫んだ。血潮と共に冷静さを失った男の口からは、訊ねられる前から共犯者の存在が明かされた。
 そんなダーゲルに、トゥルースは先程までとは打って変わった慈愛に満ちた声で訊ねる。
「哀れなダーゲル……誰がお前の命を奪うというのだ。俺をその候補から外したいのなら、お前が知るその名を告げるがいい」
 血に濡れた小刀の先で、先程痛め付けた方ではない耳の耳珠を撫でながら、トゥルースは訊ねる。痛痒さの後のじわりと濡れたような感触に、たまらずダーゲルは呻き声を上げた。
「く、クーロシュ一家の者です……前責任者あの男に、仕送りを届けていたのと……同じ、男でした」
 身も世もない有様で、ダーゲルはトゥルースの言葉に飛びつく。哀れみを乞うようなダーゲルの眼差しを見つめ返しながらも、告げられた名前が自身の予想通りであったことに、トゥルースは苦く笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

オメガ学級委員長はド変態

明帆
BL
オメガの学級委員長 向原(むかいはら)りょうは、抑制剤の副作用で、発情期後に性欲が爆発してしまう。 そのため、学校では他人にバレないように自慰行為をしていたのだが、ある日、陽キャなアルファ 佐野名津(さのなつ)にバレてしまう。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

┌(┌^o^)┐ の箱庭

シュンコウ
BL
男と魔物しかいない異世界に、イケメンを閉じこめてみた。 条件をクリアして脱出するのが先か、ホモエロセックスに溺れるのが先か。 同志には経過を観察する許可を与えよう。 *(まだ)健全 友情以上BL未満。CPが成立していない(当社比)のでエロや地雷CPを回避したい同志にオススメ。 *バディズミッション 性質が正反対なイケメンをバディとして組ませ、探索や討伐などのさまざまなミッションを与える。バディ=メインCPとする他、ミッションによってはモブや異種によるエロも発生するため、注意事項の確認を推奨する。また、同志の希望に応じてバディの交換なども行う。 *┌(┌^o^)┐ あんあんらめらめパコハメドログチャホモエロセックスをさせてみた。ストーリー性皆無、エロ重視。CPやシチュエーションが無節操なので必ず注意事項を確認するように。同志からのお好みの要望も受け付けている。 *スレッド一覧 男たちがスレッドを立てたようだ。イベントや有名なイケメンについてなど、多種多様に語っているらしい。不定期に書きこまれているようなので、気軽に覗いてみるといいだろう。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

管理委員長なんてさっさと辞めたい

白鳩 唯斗
BL
王道転校生のせいでストレス爆発寸前の主人公のお話

種付けは義務です

S_U
BL
R-18作品です。 18歳~30歳の雄まんことして認められた男性は同性に種付けしてもらい、妊娠しなければならない。 【注意】 ・エロしかない ・タグ要確認 ・短いです! ・モブおじさんを書きたいがための話 ・名前が他の書いたのと被ってるかもしれませんが別人です 他にも調教ものや3Pもの投稿してるので良かったら見てってください!

処理中です...