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近づきたい微熱
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その一団の奇妙な組み合わせに、表情を歪めなかった自分を褒めてやりたかった――と、カームビズ商会バハルクーヴ島支部所属の小僧ズバイルは後に振り返る。商会支部の玄関に響く呼び鈴に扉を開ければ、憧れの存在であるトゥルースは頬を腫らし、行方を晦ましていた手代のダーゲルはぐったりと気絶して船頭タルズに背負われている。おまけに、彼らの後ろには筋肉の小山、もとい砦の男達が砂埃塗れの姿で突っ立っているのだ。中でも、やけに綺麗な顔をした青年は頬を痛々しげに腫らしている。ひょっとしたら、悪い筋肉から虐められていたこの美青年を尊敬するトゥルース様が助けたのかしら。流石は我らの長になるお方だ、とズバイルが頭の中で仮説を立てるまで約三秒――その間も、彼の表情は変わらなかった。
「おかえりなさいませ、トゥルース様。彼らは客人ですか?」
「ああ。傷の手当てをして、空いてる部屋を寝室に貸してやってくれ」
「承知しました」
揃いも揃ってしおらしく肩をすくめた筋肉達磨達の様子を見るに、トゥルースは彼らを改心させたようだ。聴取の必要性は後程確認するにしても、交戦したであろう彼らを客人としてもてなすトゥルースの器量に、ズバイルは胸に熱いものを覚えた。
「砂を払ったら付いて来なさい。傷の手当てをしましょう」
「へーい」
「ついてきなさい、だってよ」
「へっ、気取ってらぁ」
しかし、砦の男達はトゥルースに対してはしおらしいが、ズバイルに対しては横着そのものであった。可愛げが無い態度にズバイルは溜め息を吐きつつも、皮肉は胸の奥に留める。手負いの筋肉どもの醸し出す獣じみた不気味さは、ズバイルの表情を一層に引き締めさせた。
「じゃあ、俺はこれで」
「待ってくれ、カメリオ」
トゥルースの依頼通り、襲撃者である彼らを無事に商会へと送り届けたカメリオは、踵を返そうとする。だが、これにはトゥルースがすかさず呼び止めた。
「その顔では、お家の人が心配するだろう。君も手当てを受けて帰ってくれ」
「そうですとも。さあ、君も大人しく手当てを受けなさい」
ズバイルがトゥルースの言葉を援護するのは、彼の信奉者としての性質のみならず、手負いのむさ苦しい筋肉共に囲まれるのは嫌だという差し迫った事情も加わっている。表情は冷静であるが、内心は少しでも筋肉圧を和らげたい気持ちが強いズバイルであった。
「わ、わかった……ありがとう」
トゥルースの尤もらしい言葉に加えて、冷静沈着のように見えるズバイルの、やけに圧が強い親切な言葉に、カメリオは頷いた。
「ズバイル、彼らを頼んだ」
「……! お任せください!」
憧れの存在から名前を覚えられていた感動に胸を満たしたズバイルは、トゥルースの真摯な眼差しに熱い眼差しを返した。先程までは玄関先に確かに居た、タルズと彼に担がれたダーゲルは何処かに消えている。かの手代はトゥルースの来島早々に、何か取り返しがつかない失態を犯してしまったのだろう。ズバイルはカームビズ商会の小僧らしく、状況を呑み込んだ。
「さあ、行きますよ君達!」
「へいへい」
「いきなり張り切りだしたな……」
「ふわぁ……あ、ねむ……」
張り切って先導するズバイルに、砂を払って幾らかましになった風体でのそのそと付いていく砦の男達。その後ろから付いていくカメリオは、ちらりとトゥルースを振り返る。
「あんたはいいの? 手当てしてもらわなくて」
「ああ、先に用事を済ませてくるよ」
「そう。じゃあ、お先に」
素直に頷いたカメリオの背中を見送り、トゥルースは商会支部の裏口へと歩を進める。石造りの階段を下った先の粗末な部屋では、腕組みをして佇むタルズと、粗末な椅子に身体を括り付けられ、両頬を腫らした手代ダーゲルの姿があった。
「さて――ダーゲル」
近付いてくるトゥルースに、ダーゲルはまごついた声で弁解を唱える。だが、哀しげに目を細めるトゥルースには、ダーゲルが吐き出す、口先ばかりの詫びの言葉は届かない。
「何故、島民を巻き込んだ」
「そ、それには深刻な誤解がありまして、はいぃ……ッ!?」
捻りあげられた右耳から走る引き攣れた痛みに、ダーゲルの言葉は悲鳴に変わった。
「寝首を掻く、水差しに毒を盛る、高所から突き落とす――俺を殺す方法なら幾らでもあっただろう? 何故、あの青年達を俺にけしかけた」
カナートにて合流したタルズからの報告で、トゥルースはダーゲルの悍ましい企てを知った。恐らくは、トゥルースに暴行を加えた砦の男達に濡れ衣を着せるつもりであったのだろう。だが、これはあくまで推測に過ぎない。加えて、バハルクーヴ島内で彼と企てを共にする者の存在の有無も確認する必要がある。
「夜は長い。さあ、聞かせてもらおうか」
トゥルースがようやく離したダーゲルの耳には、うっすらと血が滲んでいる。どこか哀しげに聞こえる声色とは裏腹に、トゥルースの瞳は冷酷な色を湛えていた。
「おかえりなさいませ、トゥルース様。彼らは客人ですか?」
「ああ。傷の手当てをして、空いてる部屋を寝室に貸してやってくれ」
「承知しました」
揃いも揃ってしおらしく肩をすくめた筋肉達磨達の様子を見るに、トゥルースは彼らを改心させたようだ。聴取の必要性は後程確認するにしても、交戦したであろう彼らを客人としてもてなすトゥルースの器量に、ズバイルは胸に熱いものを覚えた。
「砂を払ったら付いて来なさい。傷の手当てをしましょう」
「へーい」
「ついてきなさい、だってよ」
「へっ、気取ってらぁ」
しかし、砦の男達はトゥルースに対してはしおらしいが、ズバイルに対しては横着そのものであった。可愛げが無い態度にズバイルは溜め息を吐きつつも、皮肉は胸の奥に留める。手負いの筋肉どもの醸し出す獣じみた不気味さは、ズバイルの表情を一層に引き締めさせた。
「じゃあ、俺はこれで」
「待ってくれ、カメリオ」
トゥルースの依頼通り、襲撃者である彼らを無事に商会へと送り届けたカメリオは、踵を返そうとする。だが、これにはトゥルースがすかさず呼び止めた。
「その顔では、お家の人が心配するだろう。君も手当てを受けて帰ってくれ」
「そうですとも。さあ、君も大人しく手当てを受けなさい」
ズバイルがトゥルースの言葉を援護するのは、彼の信奉者としての性質のみならず、手負いのむさ苦しい筋肉共に囲まれるのは嫌だという差し迫った事情も加わっている。表情は冷静であるが、内心は少しでも筋肉圧を和らげたい気持ちが強いズバイルであった。
「わ、わかった……ありがとう」
トゥルースの尤もらしい言葉に加えて、冷静沈着のように見えるズバイルの、やけに圧が強い親切な言葉に、カメリオは頷いた。
「ズバイル、彼らを頼んだ」
「……! お任せください!」
憧れの存在から名前を覚えられていた感動に胸を満たしたズバイルは、トゥルースの真摯な眼差しに熱い眼差しを返した。先程までは玄関先に確かに居た、タルズと彼に担がれたダーゲルは何処かに消えている。かの手代はトゥルースの来島早々に、何か取り返しがつかない失態を犯してしまったのだろう。ズバイルはカームビズ商会の小僧らしく、状況を呑み込んだ。
「さあ、行きますよ君達!」
「へいへい」
「いきなり張り切りだしたな……」
「ふわぁ……あ、ねむ……」
張り切って先導するズバイルに、砂を払って幾らかましになった風体でのそのそと付いていく砦の男達。その後ろから付いていくカメリオは、ちらりとトゥルースを振り返る。
「あんたはいいの? 手当てしてもらわなくて」
「ああ、先に用事を済ませてくるよ」
「そう。じゃあ、お先に」
素直に頷いたカメリオの背中を見送り、トゥルースは商会支部の裏口へと歩を進める。石造りの階段を下った先の粗末な部屋では、腕組みをして佇むタルズと、粗末な椅子に身体を括り付けられ、両頬を腫らした手代ダーゲルの姿があった。
「さて――ダーゲル」
近付いてくるトゥルースに、ダーゲルはまごついた声で弁解を唱える。だが、哀しげに目を細めるトゥルースには、ダーゲルが吐き出す、口先ばかりの詫びの言葉は届かない。
「何故、島民を巻き込んだ」
「そ、それには深刻な誤解がありまして、はいぃ……ッ!?」
捻りあげられた右耳から走る引き攣れた痛みに、ダーゲルの言葉は悲鳴に変わった。
「寝首を掻く、水差しに毒を盛る、高所から突き落とす――俺を殺す方法なら幾らでもあっただろう? 何故、あの青年達を俺にけしかけた」
カナートにて合流したタルズからの報告で、トゥルースはダーゲルの悍ましい企てを知った。恐らくは、トゥルースに暴行を加えた砦の男達に濡れ衣を着せるつもりであったのだろう。だが、これはあくまで推測に過ぎない。加えて、バハルクーヴ島内で彼と企てを共にする者の存在の有無も確認する必要がある。
「夜は長い。さあ、聞かせてもらおうか」
トゥルースがようやく離したダーゲルの耳には、うっすらと血が滲んでいる。どこか哀しげに聞こえる声色とは裏腹に、トゥルースの瞳は冷酷な色を湛えていた。
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