絶砂の恋椿

ヤネコ

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カナートの激闘

3―3

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 海都での闇討ちのように真近に肌に殺気を感じられたならば、トゥルースも対応できたのかもしれない。だが、ここは砂蟲にすら真っ向勝負を挑む戦士たちが暮らすバハルクーヴ島だ。正確な正体は分からないが、生き物を狩ることには相手に分がありすぎた。
 襲撃者は二人だけではないらしい。拳が飛んできたのとは異なる、複数方向からの蹴りに、トゥルースは咄嗟に急所である臓腑を守るべく体を丸めた。
「なんだぁ、とんだ雑魚じゃねえか」
「クソッ……こんな野郎に!」
 罵声を浴びせながらも、彼らはトゥルースを殺すつもりはないらしい。容赦無い蹴り、踏みつけは意外にも頭や腹は狙ってはこない。とは言え、痛め付け慣れしている者らしい攻撃は、トゥルースに失神の危機をもたらしつつある。
(声からして酔っ払いらしいが……こちらの正体を知った上での兇行のようだな)
 誰かに雇われたにしては、態度が素人じみている。だが、生き物を狩る動きは素人のそれではない。偶然見掛けたからと襲ってきたにしては、トゥルースがここを通ることを把握しているのも不自然だ。
(……ここまで俺の行動を理解してくれているのに、俺が生き延びたことを許すに能わずか。手厳しいな)
 どうやら、砦の男の何名かがトゥルース襲撃犯として即席に仕立て上げられたようだ。彼らにはトゥルースに対しての殺意は無いようだが、満足した彼らと入れ替わりでとどめを刺す者が現れるのであろう。
(気を失ったふりをしてやり過ごすか……本当に失神しないように気をつけねば)
 痛みに火花が散るトゥルースの瞼の裏に、ぼんやりとかの榛色の瞳が浮かぶ。くすぐったがりで、きめの細やかな肌をした無垢なる美貌は、トゥルースの心を幾らか慰めた。
(カメリオ……と、呼ばれていたな。名前の通り、白椿のように愛らしい子だった)
 長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳が、トゥルースの言葉に浮かべたはにかんだ笑みは、青年と少年のあわいにある幼気な愛らしさを感じさせた。鼻梁から口許にかけての曲線の美しさは、湯気の中でも見惚れる程であった。
 この窮地を脱することができたら、今度こそは面と向かって名乗ろう。そして、彼の口からその愛らしい名を名乗ってもらおう。トゥルースが独り善がりな決意に浸る、その時であった。
「ぐえっ!?」
 突如、襲撃者の一人が濁った呻き声を上げて、地面に突っ伏した。否、地面にその身を擦り付けられたのだ。
 それが、何時の間にやら近付いて来た青年の飛び蹴りによるものであったと、トゥルースを含めたその場に居るものが認識したのは、襲撃者を下敷きにした青年の批難を聞いた後であった。
「寄ってたかって一人を襲うなんて、卑怯だぞ!」
 正論である。だが、彼の尻の下で呻き声を上げている襲撃者は、明らかにトゥルースよりダメージを負っているようだ。しかし、何処かで聞いた――再び聴きたいと願ったその声がした方向に、痛みで霞む視界をトゥルースは向ける。
(なんて奇跡だ……もしや、これは運命の導きというものなのか?)
 険しくも美しいかんばせが、月明かりに照らされている。青年――カメリオのまさかの登場に、トゥルースの胸の高鳴りは苦しい程であった。
「あんたは……」
 トゥルースと目が合ったカメリオの顔が、嫌そうに歪む。どうしたことかとトゥルースが見守る中、カメリオは襲撃者達へ続きの口上を述べる。
「確かに、そこの不潔な番頭のことは信用できないのはわかるけど……」
(不潔……!?)
 もしや、体を洗った際の手付きに怪しいものを悟られてしまったのだろうか。思い当たる節が無いわけでもなかったトゥルースは、愕然とした。
 カメリオの尻の下で突っ伏した襲撃者は、布で隠した顔から気の毒そうな視線をトゥルースに向けてきた。根は、悪い男ではないらしい。
(やめろ、同情するな……)
 同情するくらいなら、最初から殴ったり蹴ったりしないでほしい。そんな気持ちをトゥルースが視線で襲撃者に送る中、カメリオは思い出したように立ち上がり、言葉を結んだ。
「ここから先は、俺が相手だ。かかってこい!」
 奇襲で一人は潰したとは言え、依然として多勢に無勢である。襲撃を受けたトゥルースは、戦力としては当てにならない。しかし、カメリオは勇敢であった。青年らしい、向こう見ずな蛮勇がそこにあった。
「上等だ……ヒィヒィ泣かせてやっからな!?」
 カメリオの挑発に反応した男は、彼の母親エンサタに岡惚れしていた。その燻ぶった情熱を、カメリオを痛めつけることで発散しようと考えたのだ。彼もまた、青年らしく屈折している。
 仲間を蹴り潰された他の男達も、カメリオに対して身構える。こうして、当事者たるトゥルースを若干蚊帳の外に置いた、戦いの火蓋が切って落とされた。
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