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海都から来た男
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砂が帯びた熱が夕暮れに鎮まりつつある頃、普段は偉そうな建物に籠もったきりの商会の人間から集合を促された砦の男達は、町の広場にざわざわと集まっていた。
「こりゃ、一体なんの騒ぎだ?」
「あれだろ、新しく来た商会の」
仕事上がりの寛ぎの時間を邪魔された男達のざわめきは、不満の色が濃い。この日の砦の男達は、誰もがひとっ風呂浴びてさっぱりしていたところだから、砂っぽい広場への招集は、尚更不満が溜まるところだ。
「俺っちは早いとこ、一杯やって寝たいぜ」
「同感。誰が来ても一緒だろうによ」
皆、ほぼ満場一致に商会から来たという新たな責任者には期待していなかった。誰が来ても、砦の男達を顧みることは無いと、これまでの経験から諦めていたのである。
それでも商会の人間は、彼らの新しい長は誰かということを教え込みたいらしい。猟犬の躾のようなものだ。
「おう、始まるらしいぜ」
広場の奥に設えられた壇上に篝火が灯され、いよいよ本日の主役が登場するらしい。鼻白む心地を抱えたまま、男達は光に誘われるように壇上を見上げた。
篝火の緋を纏い佇む男の堂々たる態度には、幾度もの修羅場を乗り越えてきた砦の男達をして、感心を覚えさせるものがあった。やや、ごわついた焦げ茶の髪を、香油で撫で付けるでなく洗いざらしにしたその男は、一見すれば商人じみては見えなかった。
顔立ちは甘ったるい優男風だが、何やら武芸者じみた、荒事慣れした迫力を帯びている。鬱金色の瞳が放つ強い眼差しは、広場に集まる男達の注目を迎え撃つかのようだ。
広場に詰め込まれた誰も彼もが、不思議と壇上のその男と目が合うような錯覚を覚えた。
「カームビズ商会番頭、トゥルースだ。バハルクーヴ島支部の新たな責任者として、よろしく頼む」
人並み外れた視線の吸引力にしては、ばかに月並みな挨拶だ。広場に集まる男達がやや拍子抜けしたところで、壇上の男――トゥルースの唇が、再び動いた。
「俺はお前達に、惚れた」
情熱を帯びたその言葉に、広場に集う砦の男達の間にざわめきが生まれた。彼の噂は、出処は不明だが十二分に知れ渡っている。こっちの方もお盛んか、と口さがない揶揄が何処かから壇上へと飛んだ。だが、トゥルースは陶然と言葉を続ける。
「恐ろしい砂蟲達にも真っ向から立ち向かい、打倒し、糧にする。お前達の命の強さに、惚れた」
褒められ慣れしていない男達は、トゥルースからの真っ向からの賛辞に、口許をむずつかせた。彼らは、当たり前のことをしているのだ。当たり前だから、彼らの親分以外は誰も褒めてはくれなかった。前任の責任者など、砂蟲臭いから近付くなと、彼らとはまともに口を利かなかった程だ。
「ガイオ、お前がこの砦の親分だったな」
聴衆の中で、一際魁偉な風貌を持つ男にトゥルースは迷わず声を掛ける。初対面のトゥルースから名前を呼び当てられ、ガイオは内心面食らいながらも片眉を上げた。
「おう。文句あっか?」
ガイオは、舐められたら終いの世界で生きてきた男だ。当然、海都くんだりから島流しに遭った青瓢箪になど、舐められるわけにはいかないのだ。
「いいや、先の砂蟲狩りはお前の指揮無くしては成り立たなかっただろう。素晴らしかったぞ」
「なんでえ、くすぐってえや」
とは言え、ガイオは正面からのくすぐりには弱い男だ。根っからの親分肌であるとも言える。
「良い機会だ。今、言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれ」
トゥルースは、壇上の舞台面に片膝を付くと、両手を伸ばしてガイオに上がってくるよう促した。砦の男達がざわめきを帯びて見守る中、トゥルースの両手をがっしりとガイオの手が掴む。
「良いのか? 俺なんぞを上がらせて」
「ああ。近くじゃなきゃ、聴こえない言葉もあるからな」
トゥルースは、この屈強な男達を従える魁偉な男に、出来る限りの誠意を尽くすつもりで居る。それが彼の商いであるからだ。壇上に上がったガイオを、真心を込めて見つめたトゥルースであったが、ガイオの表情は、彼に反比例するように昏い色を帯びた。
「……番頭さんよ、あんたは俺等と共に死んでくれるか?」
よく通る、だが静かで暗いガイオのその声に、舞台袖で見守るタルズはかつてトゥルースが愛した、両手の指に余る数の女達の様子を思い出した。
「こりゃ、一体なんの騒ぎだ?」
「あれだろ、新しく来た商会の」
仕事上がりの寛ぎの時間を邪魔された男達のざわめきは、不満の色が濃い。この日の砦の男達は、誰もがひとっ風呂浴びてさっぱりしていたところだから、砂っぽい広場への招集は、尚更不満が溜まるところだ。
「俺っちは早いとこ、一杯やって寝たいぜ」
「同感。誰が来ても一緒だろうによ」
皆、ほぼ満場一致に商会から来たという新たな責任者には期待していなかった。誰が来ても、砦の男達を顧みることは無いと、これまでの経験から諦めていたのである。
それでも商会の人間は、彼らの新しい長は誰かということを教え込みたいらしい。猟犬の躾のようなものだ。
「おう、始まるらしいぜ」
広場の奥に設えられた壇上に篝火が灯され、いよいよ本日の主役が登場するらしい。鼻白む心地を抱えたまま、男達は光に誘われるように壇上を見上げた。
篝火の緋を纏い佇む男の堂々たる態度には、幾度もの修羅場を乗り越えてきた砦の男達をして、感心を覚えさせるものがあった。やや、ごわついた焦げ茶の髪を、香油で撫で付けるでなく洗いざらしにしたその男は、一見すれば商人じみては見えなかった。
顔立ちは甘ったるい優男風だが、何やら武芸者じみた、荒事慣れした迫力を帯びている。鬱金色の瞳が放つ強い眼差しは、広場に集まる男達の注目を迎え撃つかのようだ。
広場に詰め込まれた誰も彼もが、不思議と壇上のその男と目が合うような錯覚を覚えた。
「カームビズ商会番頭、トゥルースだ。バハルクーヴ島支部の新たな責任者として、よろしく頼む」
人並み外れた視線の吸引力にしては、ばかに月並みな挨拶だ。広場に集まる男達がやや拍子抜けしたところで、壇上の男――トゥルースの唇が、再び動いた。
「俺はお前達に、惚れた」
情熱を帯びたその言葉に、広場に集う砦の男達の間にざわめきが生まれた。彼の噂は、出処は不明だが十二分に知れ渡っている。こっちの方もお盛んか、と口さがない揶揄が何処かから壇上へと飛んだ。だが、トゥルースは陶然と言葉を続ける。
「恐ろしい砂蟲達にも真っ向から立ち向かい、打倒し、糧にする。お前達の命の強さに、惚れた」
褒められ慣れしていない男達は、トゥルースからの真っ向からの賛辞に、口許をむずつかせた。彼らは、当たり前のことをしているのだ。当たり前だから、彼らの親分以外は誰も褒めてはくれなかった。前任の責任者など、砂蟲臭いから近付くなと、彼らとはまともに口を利かなかった程だ。
「ガイオ、お前がこの砦の親分だったな」
聴衆の中で、一際魁偉な風貌を持つ男にトゥルースは迷わず声を掛ける。初対面のトゥルースから名前を呼び当てられ、ガイオは内心面食らいながらも片眉を上げた。
「おう。文句あっか?」
ガイオは、舐められたら終いの世界で生きてきた男だ。当然、海都くんだりから島流しに遭った青瓢箪になど、舐められるわけにはいかないのだ。
「いいや、先の砂蟲狩りはお前の指揮無くしては成り立たなかっただろう。素晴らしかったぞ」
「なんでえ、くすぐってえや」
とは言え、ガイオは正面からのくすぐりには弱い男だ。根っからの親分肌であるとも言える。
「良い機会だ。今、言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれ」
トゥルースは、壇上の舞台面に片膝を付くと、両手を伸ばしてガイオに上がってくるよう促した。砦の男達がざわめきを帯びて見守る中、トゥルースの両手をがっしりとガイオの手が掴む。
「良いのか? 俺なんぞを上がらせて」
「ああ。近くじゃなきゃ、聴こえない言葉もあるからな」
トゥルースは、この屈強な男達を従える魁偉な男に、出来る限りの誠意を尽くすつもりで居る。それが彼の商いであるからだ。壇上に上がったガイオを、真心を込めて見つめたトゥルースであったが、ガイオの表情は、彼に反比例するように昏い色を帯びた。
「……番頭さんよ、あんたは俺等と共に死んでくれるか?」
よく通る、だが静かで暗いガイオのその声に、舞台袖で見守るタルズはかつてトゥルースが愛した、両手の指に余る数の女達の様子を思い出した。
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