絶砂の恋椿

ヤネコ

文字の大きさ
上 下
8 / 78
孤島、望むは砂ばかり

1―4

しおりを挟む
 和やかなじゃれ合いから一転。物見櫓の上では、緊迫した空気が流れていた。霞む地平線の先には、薄っすらと青黒い影が見える。
「こっちは五だ!」
「四だ」
「こっちは六……おおい! 北五、西四、東六だ!!」
『了解! 北五、西四、東六だな!!』
 砂に塗れた伝声管を引っ掴み、エリコは素早く見えた数を伝える。忽ちに復唱され、程無くしてけたたましく鐘が鳴った。砂蟲迎撃の合図だ。
 砦の男達は、死守の覚悟に心を切り替える。青黒い影が、三方から異様な速度で近付いてくる。砂蟲には脚は無いが、砂地を滑るように移動することができる。その上、必ず群れて行動するのだ。繁殖期の彼らが食い荒らした後には、文字通り砂が残るばかりだ。
「起こせ!!」
「応!!!!」
 砂埃混じりの蒼天に力強く響く太鼓の音に合わせて鎖が巻き上げられ、島の周りに巨大な熊手のような罠が持ち上がった。詰め掛けた砂蟲は、何れも漏らさずその身に無骨な金属の爪を食い込ませている。喰らい付くことを封じられた砂蟲は、長大な体躯をくねらせて暴れた。だが、暴れれば暴れるほど、青黒い肉に、熊手様の罠に仕込まれた鈎が鋭く食い込んでいく。
「よし! 引っ掛けたぞ!!」
 これまで幾匹もの砂蟲の体液を浴びた金属製の鈎は、所々が錆びている。軋む金属音は、藻掻く砂蟲らの断末魔のようでもあった。
「頭を潰せ!!」
 そこからは、時間との勝負だ。鈎に身動きが取れないでいる砂蟲の頭を、命知らずの男達が破砕鎚で叩き潰す。ぬめぬめと青黒い体に、退化した目の位置にある窪みと、ぽっかりと開かれて摺鉢状の牙を持つ口は、歴戦の猛者達の背をざらりとざわめかせる禍々しさを帯びている。だが、怯んでいては文字通り呑まれてしまう。これは砦の男達と砂蟲の、命の奪い合いだ。
 そうして、美味そうな土塊――バハルクーヴ島――目掛けて詰め掛けた砂蟲らは、その命を散らすに至った。他の砂蟲らは、同朋の死臭を嫌うのか、しばらくはここら一帯には寄ってこない。
 南は、断崖絶壁だ。もう随分昔に砂蟲に削り取られきったのかもしれないし、この大地を創り給うた超常的存在が、この土地に住まう人々に与えた慈悲なのかもしれない。最果ての島バハルクーヴ島は、背後を崖に、そして正面を命知らずの男たちによって護られている。
 バハルクーヴ島民の砂蟲狩りは、文明的ではない、むしろ原始的な遣り方だと言っても良いだろう。事実、カームビズ商会が統治する他の島々では、爆薬を用いての撃退が主流である。だが、屠るならばこの遣り方が確実に砂蟲を潰せる。砦の南にバハルクーヴの島を護る男達は、そうしてこの島を生き永らえさせてきたのだ。
「ははあ、遠目からでも大迫力でやすな。砂蟲狩りは!」
 砂船を繰りながら、目視で確認できるバハルクーヴの戦士達の勇姿へと、タルズはやんやと喝采を浴びせる。あと少しでもタイミングが違えば、恐らくはこの船は砂蟲一行とかち合っていたところなのだが、軽やかな操船ですっかり気持ちが高揚しているタルズからすれば、そのような事実はもしもでしかない瑣末事であるようだ。トゥルースは、タルズのこういった一面を気に入っている。
「うまくすれば、着く頃には砂蟲の開きが見られるぞ」
「そいつぁ、見ものでやすな」
 海都育ちの男達は、どこか未知に臨む冒険家じみた心地で、バハルクーヴの男達が醸す蛮勇な空気を遠目に味わっている。
 人間同士で腸を探り合う暗闘などではなく、陽光の下に人と砂蟲、真っ向から命の遣り取りを行う彼らの清々しい姿に、トゥルースは改めて自らを異邦人と認識させられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

完全犯罪

みかげなち
BL
目が覚めたら知らない部屋で全裸で拘束されていた蒼葉。 蒼葉を監禁した旭は「好きだよ」と言って毎日蒼葉を犯す。 蒼葉はもちろん、旭のことなど知らない。

とある名家の話

侑希
BL
旧家の跡取り息子と付き合っていた青年の話。 付き合っていて問題ないと言っていた跡取り息子と、別れさせようとした両親と、すべてを知っていた青年と。すこしふしぎ、少しオカルト。神様と旧家の初代の盟約。

【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜

高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。 フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。 湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。 夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

処理中です...