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孤島、望むは砂ばかり
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和やかなじゃれ合いから一転。物見櫓の上では、緊迫した空気が流れていた。霞む地平線の先には、薄っすらと青黒い影が見える。
「こっちは五だ!」
「四だ」
「こっちは六……おおい! 北五、西四、東六だ!!」
『了解! 北五、西四、東六だな!!』
砂に塗れた伝声管を引っ掴み、エリコは素早く見えた数を伝える。忽ちに復唱され、程無くしてけたたましく鐘が鳴った。砂蟲迎撃の合図だ。
砦の男達は、死守の覚悟に心を切り替える。青黒い影が、三方から異様な速度で近付いてくる。砂蟲には脚は無いが、砂地を滑るように移動することができる。その上、必ず群れて行動するのだ。繁殖期の彼らが食い荒らした後には、文字通り砂が残るばかりだ。
「起こせ!!」
「応!!!!」
砂埃混じりの蒼天に力強く響く太鼓の音に合わせて鎖が巻き上げられ、島の周りに巨大な熊手のような罠が持ち上がった。詰め掛けた砂蟲は、何れも漏らさずその身に無骨な金属の爪を食い込ませている。喰らい付くことを封じられた砂蟲は、長大な体躯をくねらせて暴れた。だが、暴れれば暴れるほど、青黒い肉に、熊手様の罠に仕込まれた鈎が鋭く食い込んでいく。
「よし! 引っ掛けたぞ!!」
これまで幾匹もの砂蟲の体液を浴びた金属製の鈎は、所々が錆びている。軋む金属音は、藻掻く砂蟲らの断末魔のようでもあった。
「頭を潰せ!!」
そこからは、時間との勝負だ。鈎に身動きが取れないでいる砂蟲の頭を、命知らずの男達が破砕鎚で叩き潰す。ぬめぬめと青黒い体に、退化した目の位置にある窪みと、ぽっかりと開かれて摺鉢状の牙を持つ口は、歴戦の猛者達の背をざらりとざわめかせる禍々しさを帯びている。だが、怯んでいては文字通り呑まれてしまう。これは砦の男達と砂蟲の、命の奪い合いだ。
そうして、美味そうな土塊――バハルクーヴ島――目掛けて詰め掛けた砂蟲らは、その命を散らすに至った。他の砂蟲らは、同朋の死臭を嫌うのか、しばらくはここら一帯には寄ってこない。
南は、断崖絶壁だ。もう随分昔に砂蟲に削り取られきったのかもしれないし、この大地を創り給うた超常的存在が、この土地に住まう人々に与えた慈悲なのかもしれない。最果ての島バハルクーヴ島は、背後を崖に、そして正面を命知らずの男たちによって護られている。
バハルクーヴ島民の砂蟲狩りは、文明的ではない、むしろ原始的な遣り方だと言っても良いだろう。事実、カームビズ商会が統治する他の島々では、爆薬を用いての撃退が主流である。だが、屠るならばこの遣り方が確実に砂蟲を潰せる。砦の南にバハルクーヴの島を護る男達は、そうしてこの島を生き永らえさせてきたのだ。
「ははあ、遠目からでも大迫力でやすな。砂蟲狩りは!」
砂船を繰りながら、目視で確認できるバハルクーヴの戦士達の勇姿へと、タルズはやんやと喝采を浴びせる。あと少しでもタイミングが違えば、恐らくはこの船は砂蟲一行とかち合っていたところなのだが、軽やかな操船ですっかり気持ちが高揚しているタルズからすれば、そのような事実はもしもでしかない瑣末事であるようだ。トゥルースは、タルズのこういった一面を気に入っている。
「うまくすれば、着く頃には砂蟲の開きが見られるぞ」
「そいつぁ、見ものでやすな」
海都育ちの男達は、どこか未知に臨む冒険家じみた心地で、バハルクーヴの男達が醸す蛮勇な空気を遠目に味わっている。
人間同士で腸を探り合う暗闘などではなく、陽光の下に人と砂蟲、真っ向から命の遣り取りを行う彼らの清々しい姿に、トゥルースは改めて自らを異邦人と認識させられた。
「こっちは五だ!」
「四だ」
「こっちは六……おおい! 北五、西四、東六だ!!」
『了解! 北五、西四、東六だな!!』
砂に塗れた伝声管を引っ掴み、エリコは素早く見えた数を伝える。忽ちに復唱され、程無くしてけたたましく鐘が鳴った。砂蟲迎撃の合図だ。
砦の男達は、死守の覚悟に心を切り替える。青黒い影が、三方から異様な速度で近付いてくる。砂蟲には脚は無いが、砂地を滑るように移動することができる。その上、必ず群れて行動するのだ。繁殖期の彼らが食い荒らした後には、文字通り砂が残るばかりだ。
「起こせ!!」
「応!!!!」
砂埃混じりの蒼天に力強く響く太鼓の音に合わせて鎖が巻き上げられ、島の周りに巨大な熊手のような罠が持ち上がった。詰め掛けた砂蟲は、何れも漏らさずその身に無骨な金属の爪を食い込ませている。喰らい付くことを封じられた砂蟲は、長大な体躯をくねらせて暴れた。だが、暴れれば暴れるほど、青黒い肉に、熊手様の罠に仕込まれた鈎が鋭く食い込んでいく。
「よし! 引っ掛けたぞ!!」
これまで幾匹もの砂蟲の体液を浴びた金属製の鈎は、所々が錆びている。軋む金属音は、藻掻く砂蟲らの断末魔のようでもあった。
「頭を潰せ!!」
そこからは、時間との勝負だ。鈎に身動きが取れないでいる砂蟲の頭を、命知らずの男達が破砕鎚で叩き潰す。ぬめぬめと青黒い体に、退化した目の位置にある窪みと、ぽっかりと開かれて摺鉢状の牙を持つ口は、歴戦の猛者達の背をざらりとざわめかせる禍々しさを帯びている。だが、怯んでいては文字通り呑まれてしまう。これは砦の男達と砂蟲の、命の奪い合いだ。
そうして、美味そうな土塊――バハルクーヴ島――目掛けて詰め掛けた砂蟲らは、その命を散らすに至った。他の砂蟲らは、同朋の死臭を嫌うのか、しばらくはここら一帯には寄ってこない。
南は、断崖絶壁だ。もう随分昔に砂蟲に削り取られきったのかもしれないし、この大地を創り給うた超常的存在が、この土地に住まう人々に与えた慈悲なのかもしれない。最果ての島バハルクーヴ島は、背後を崖に、そして正面を命知らずの男たちによって護られている。
バハルクーヴ島民の砂蟲狩りは、文明的ではない、むしろ原始的な遣り方だと言っても良いだろう。事実、カームビズ商会が統治する他の島々では、爆薬を用いての撃退が主流である。だが、屠るならばこの遣り方が確実に砂蟲を潰せる。砦の南にバハルクーヴの島を護る男達は、そうしてこの島を生き永らえさせてきたのだ。
「ははあ、遠目からでも大迫力でやすな。砂蟲狩りは!」
砂船を繰りながら、目視で確認できるバハルクーヴの戦士達の勇姿へと、タルズはやんやと喝采を浴びせる。あと少しでもタイミングが違えば、恐らくはこの船は砂蟲一行とかち合っていたところなのだが、軽やかな操船ですっかり気持ちが高揚しているタルズからすれば、そのような事実はもしもでしかない瑣末事であるようだ。トゥルースは、タルズのこういった一面を気に入っている。
「うまくすれば、着く頃には砂蟲の開きが見られるぞ」
「そいつぁ、見ものでやすな」
海都育ちの男達は、どこか未知に臨む冒険家じみた心地で、バハルクーヴの男達が醸す蛮勇な空気を遠目に味わっている。
人間同士で腸を探り合う暗闘などではなく、陽光の下に人と砂蟲、真っ向から命の遣り取りを行う彼らの清々しい姿に、トゥルースは改めて自らを異邦人と認識させられた。
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