絶砂の恋椿

ヤネコ

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孤島、望むは砂ばかり

1―2

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「まあ……よくある話だな」
 気まずげに口を噤むカメリオに代わり、ヤノが相槌を打つ。カメリオは、自らの父親の顔を知らない。彼が生まれる前に、父親はバハルクーヴ島を去ったのだ。
 カメリオの母エンサタが語るには、その男は彼女が営む食堂にかつて訪れた傭兵だったらしい。だが、それ以上の情報は得られなかったことからも、あまり綺麗な別れ方をしたのではないのだろうとカメリオは推測している。それがあってか、カメリオはこの年頃の青年にしては、男女間の話にやや潔癖なところがある。
 とは言え、カメリオの名前自体は、母と別れる前にまだ腹の中に居る我が子を娘と当て込んだ男が付けた名前のもじりだ。母親思いで初心なカメリオには理解できないのだろうが、エンサタはカメリオの父を憎んでいるわけではないようだ。
「けどよ、たかだかそんなことで商会ご期待の番頭サンがこんな所に飛ばされてくるか?」
 ヤノは、物心付く前より両親そのものが居ない。名前も商会の管理する帳面から、呼びやすいものを無造作に拾われ付けられたものだ。むくつけき砦の大人達により養育され、三人の中でも一番体躯に恵まれた彼は、子は親が居なくても育つものだと自負している。そんなヤノの疑問に、エリコは芝居がかった仕草で答えた。
「ま、婚外子ってんならよくある話だ。けどよぉ……件の番頭サンのガキを孕んだ女ってのは、一人だけじゃなかったんだ」
「はん?」
「一歳になろうかならねぇかって息子を抱いた女が番頭に結婚を迫る中、実は私もと赤ん坊を連れた女が出るわ出るわで、最初のと合わせてなんと一ダース! ご丁寧に、生誕日はそれぞれ月違いだ」
「とんでもねえクズじゃねえか……」
「不潔だ……!」
 エリコの大袈裟な口調に釣られて、ヤノも顔を顰める。カメリオは、自らと同じく父無し子である十二人の赤子に思いを馳せて、純然たる義憤に心を燃やした。
「流石にこのままじゃ始末におけねぇってんで、仕置きにこっちに飛ばされたってのが――事の顛末らしいぜ?」
 赤子を抱えた、或いは身籠もった十二人の女達に詰め寄られる一人の好色者の姿を想像する三人の思いは、三者三様である。
(うらやましいぜ、ちきしょう……全員嫁さんにしちまえば、毎晩乾く暇もねぇ大騒ぎだろうが!)
 と、エリコが青年らしい願望に熱い溜め息を吐く隣では、ヤノが白々と鼻を鳴らす。
(このバカ、うらやましいとでも思ってんだろうな……いつか刺されるだろうが、そんなんはよ)
 一番初心な性質をしたカメリオは、不機嫌をそのまま声に漏らした。
「そんな無責任な人が俺たちの長になるのは、嫌だな」
 バハルクーヴ島を統治するカームビズ商会から送られる責任者とは、島民という群れの頭でもある。いくらこのバハルクーヴ島が商会にとっては取るに足らない島だからと言って、あんまりだとカメリオは悔しさを眉間に滲ませた。
「まあ……実物見てみたら、そこまでデタラメじゃねえかもしれねえだろ?」
 ヤノは、あまり他人には期待しない性質だ。だからこそ、カメリオ程には自らの長となる相手に高潔を求めない。
「そうだぜ。上手くすりゃ、海都の女を紹介してくれるかもしれ――って! 殴んなって!」
「殴ってねえ、小突いただけだ」
 だが、ヤノはカメリオに甘い。兄貴分として、この手の話題を好まないカメリオの耳には、生々しい話は聞かせてやりたくないのだ。反動として、生々しい話に興味津々なエリコには手厳しい。
 目線を地平線に向けながらも器用に喧嘩をする二人に、カメリオはくすりと笑みを漏らす。相変わらず、眼前に望むは砂ばかりであった。
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