魔術師サラの冒険日誌

魂祭 朱夏

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第一部

第6話 侯爵護衛依頼2(3)

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 三体目の悪魔を倒した瞬間、最前列の悪魔をウェイン卿が倒していた様だ。

 
 すうっ、と大きく息を吐く。
 どうやら魔力や恐らく法術の様に、マナや奇跡の様に拝借する力を使用する制限がかけられており、自らの内から生み出す気功術には作用がしないらしい。
 それはそうだ。
 身体と一緒で鍛えて得た己の力なのだから。だとすると……?

「サラ、大丈夫?」
 セリスお姉様が私に抱き着き、安否を確認する。
 普段は冷静で何事にも動じないお姉様は身体を震えさせ、私を心配してくれていたのだと強く感じた。
 胸の内側が熱を帯びた気がする。
「大丈夫です、お姉様。依頼通り……いいえ、依頼が無くてもお姉様だけは絶対にお護りします」
「本当は私が貴女を護るべきなのに……ひ弱な姉を許して」
 泣きそうな表情で語るお姉様。
 私はもうすぐ脱出出来ますと彼女に伝え、彼女の肩を軽く叩いた。

 直後、ウェイン卿が肩で息を吐きながらも駆け付けた。
「サラ殿、驚きました。私がお護りするどころかよもや、素手であっという間にガーゴイルを3体倒してしまうとは」
「セルヴェ侯爵夫人のラフィーナ様からずっと、気功術を学んでいたのです。私、魔力値は平凡なのですが気功術の才能がある様でして……」
「感服致しました。よもやヴィルフリート卿が剣気を宿して悪魔を斬るかの如く……ギニャール公爵も惚れ直すと思います」
 えっ、何故ギニャール公が……と質問を返すと思ったが、そうだ、彼等が。
 上から悪魔が降りて来たと言うコトは何らかの問題があったに違いない。
「もしや、公爵達に何か……」

 今まで相手をした悪魔達程度なら、ヴィルフリート様やエトワールさん達が居れば問題無い筈だ。
 でも、なんだか胸騒ぎが起きていた。


 *******


 強い。
 正直あの人一人で十分なのではないのかと思う程だった。

 サラ達と別れあたし達討伐組は会議場前の廊下を北に進み、屋上へ向かっている所である。
 が、屋上に続く北側の通路に向かう角で悪魔達が無尽蔵に沸いて先へ進めない。
 それでも剣聖ヴィルフリート卿が先陣を切り、次々に湧いてくる悪魔を斬っては捨てて、斬っては捨てての繰り返しを難なく一人でこなし続けている。
 前へ進めないコトに多少苛立ちを覚えている様子だが……。
 
「エトワール嬢、なかなかのものだろう? 私の護衛は」
「はいっ、流石剣聖様です」
 共に剣聖のすぐ後ろの隊列に居るヴィルヌープ公爵。
 この方はヴィルフリート卿とマラブル侯爵の幼馴染で王国第二騎士団の団長でもあり、おじいちゃんの元部下でもあったそうだ。
 第二騎士団は主に国外からの脅威に対する騎士団で、因みに国内管轄の第一騎士団はギニャール公爵が創立以来最年少の団長で、前任者は最年長記録及び最長在位記録を達成した、私のおじいちゃんことマルシェ侯爵である。

 振る度に、空気ごと斬り裂く音と共に必殺の一撃を放つ、竜骨で作られた聖剣ラピス。
 持ち上げる事すら並の剣士には難しく、天性の膂力をその身に宿していなければ使いこなす事すら出来ないと言われている。
 多分、あたしでも振る事だけなら出来るけれど使いこなすのは難しいと思う。

「ああっ、すまん!」
 ヴィルフリート卿が叫んだ瞬間、三体の悪魔が一団を飛び越えていく。
 しまった、とギニャール公爵が叫んだのであたしは彼の肩を抑えた。
「大丈夫ですよ。あちらにはサラが居ますから」
「エトワール嬢、彼女は現在魔法が使えない状況だ。そんな悠長なコトを――」
「――あの子は魔法が使えなくても切り札をふたつ持っています。だから、信じてあげて下さい。あたしは信じてます」
 少々無礼ではあるけど、強い眼差しを向けて伝えると彼は口を閉じる。
 多少葛藤した後に「分かった」と小さく頷いた。
 ずっと一緒に冒険者として生き抜いた彼女の強さはきっと、ここの誰よりもあたしは知っている。
 だからあたしは、安心して前に進むのだ。

 とは言え、これ以上彼女達の負担を増やしたくない。
 ヴィルヌープ公爵もそう思ったのか、剣聖様に少々疲れが見えたのだろうと思い彼に中団に下がる様に指示をした。
「ちっ、まだまだ余裕だって言うのによぉ!」
「何を言う。たった今集中力を欠いて三体逃がしてしまっただろう!」
「ちぇっ……」
 二人の会話を聞いていると本当に仲の良い友人の様である。
 こんな時に、いやこんな時だからこそなのかあたしは可笑しく思い二人を後ろから抜き、父の形見の剣を右手に次々現れる悪魔達の最前線に立った。
「ヴィルフリート様、お休み下さい。残りはあたし一人でも片付けて見せますから」
「ほぉ、言うねぇ。惚れちゃいそうだ」
 そう言えば剣聖様も独身かぁ……と一瞬考えたが、あいつが帰ってきた時に泣かれては困ると思い、苦笑いを浮かべてしまった。

 早速四体、ガーゴイルが宙に浮いて立ちふさがる。
 鋭い爪や牙の他、人間とは比類出来ない筋力を持つ悪魔。
 更に厄介なのは空中を乱舞して滑空して獲物を仕留める事。
 鉄製の盾で防いでも数発で耐えきれなくなる程の威力である。


 ******

 
 物心ついた頃から、木製の剣とダンスシューズを身に着けていた。
 6年前、悪魔に殺された両親の敵討ちを果たし、冒険者になり侯爵家の出身だと知るまでは、ずっと田舎のごく一般的な家庭に生まれた女だと思っていた。
 それまでは父さんから剣術を、母さんからダンスを教わりいずれはどちらかでご飯を食べて、村の誰かと結婚して、子供を産み穏やかに余生を過ごすのかなと思っていた。
 

 ******

 
 四体の内二体の悪魔が飛びかかかって来る。
 最低限の知恵はあるようで、一体目が繰り出す攻撃を避けた時に生じる死角からもう一体が腕を振り下ろして来たのでその腕の伸びた肘を蹴り飛ばした。
 痛みにより悪魔が腕を抑えて叫ぶ。
 でも、それすらも囮であり、もう一体の悪魔がその背後から落ちている槍を拾い、あたしの頭部を狙い突いてきた。
「エトワール嬢!」
 ヴィルヌープ公爵が声を上げる。
 が、その鋭い突きは空を貫く。
 多分体の硬い人なら反応しきれないタイミングだったかもしれないけど、ダンスで鍛えた体の柔軟さを持つあたしは寸前で体を後ろに反って回避し、そのまま片手で槍の柄を掴むと勢いよく引くことにより、前方にバランスを崩した悪魔の首を横から切り落とした。
 腕を抑えていた悪魔は一瞬動揺する。
 その隙に斬りかかろうとすると、既にギニャール公爵が飛び出しており、剣を横に薙ぎ払い真っ二つに切り裂いていた。
 残りの二人も彼の騎士達が既に絶命させていた。

「あたしを囮に使いましたか?」
 次いで新たに襲い掛かってくる悪魔達の応戦が始まり、ギニャール公爵の側で張り付いて戦いながらわざとらしく彼に問う。
「まさか。偶々、悪魔達が貴女に意識を集中させていた故に隙を突いただけだ」
 確かにそれは本当だろうけど、結果的にあたしが囮になっているのは確かだ。
「ふぅん……でも後でサラに言い付けちゃいますね?」
 悪魔の斧の一振りを回避すると同時に首を狙い、斬り落とす。
 強靭な手足や胴体は分厚い筋肉で覆われているものの、当てれるなら首は落としやすい。
「なっ……!」
 背後から悪魔の断末魔と同時に、公爵が驚く声が聞こえた。
 普段は絶対に動じないのに、やはりサラに関係すると感情がむき出しになる様だ。
「エ、エトワール殿! サラ殿は関係ない!」
 今度は三体、あたしの前に悪魔が立ち塞がる。
 と言うかいつの間にか二人の周りは悪魔達に囲まれていた。
「関係ないのなら、構いませんよね?」
 そう言い残しあたしはやや前傾気味に構えたかと思うと、素早く右、中、左の順に全員が動き出す前に首を刎ねた。
 相手が反応する前に無力化してしまえば屈強な肉体なんて関係ない。
 この前傾姿勢による反動を利用し爆発的な速力を生み出す剣を、あたしの名前の由来もありひとは【流星剣】と呼びそのまま技名として定着している。
 
「ああもう、分かった! 正式に謝罪するから彼女には伝えないでくれ!」
 三体目の首が落ちたと同時に後ろの悪魔達を相手にしている公爵から、懇願の声が聞こえてきた。

 
 ******


 12歳の頃、父さんからは現役の騎士だった頃から使っていた、私と同じ名前の剣をプレゼントして貰えた。
 おなじ日に、母さんからは舞台の花形として纏っていた、シルクのドレスをプレゼントして貰えた。

 どちらも当時のあたしにとっては過分な存在(もの)。
 でも、いつかあたしに馴染ませるんだと思い、剣術もダンスも、もっと頑張るんだと誓った。

 
 6年後、悪魔ペグラーによりふたりとも殺されるまで……。


 ******


「【星姫】と称される冒険者エトワール……よもや、ここまでとは」
 前列をヴィルフリート様に交代し、再びヴィルヌープ公爵の側まで戻ると彼は驚いていた。
「ふふっ、これでもあたし、冒険者歴長いので」
 後ろでおじいちゃんもしてやったりと言った様な表情を浮かべていた。
 そう言えば目の前で戦ったコトなんて初めてである。
「その、エトワール嬢。真面目な話で、私の息子と婚約をしないか? まだ16歳なのだが……」
 えっ、と思わず声を出してしまった。
 あたしがそれは冗談ですよねと返そうとすると……?

「ばっかもーん、ハーヴィン!(ヴィルヌープ公爵の名前)、可愛い儂の孫娘に政略結婚を申し出るとは貴様、何事じゃあ!」
「し、師匠。ただ単純に彼女に惚れ込んで、息子と共に一族の繁栄をと思って……」
 先におじいちゃんが大声でヴィルヌーブ公爵に叫んだ。



「おーい、悪魔の供給が途絶えたぞ! このまま屋上まで進むからな!」
 剣聖様の声が聞こえる。ようやく悪魔達が全滅した様だ。
「ふざけてないで行きましょう、二人とも」
「むぅ、私が真剣なんだがな……」
 ヴィルヌーブ公爵がぼそりと反応してくれて、剣聖様の活躍で殆どでなかったあたしたちは屋上まで走破する。


 そこには、思いがけない景色が広がっていた。
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