勇者ああああの哀しみ

河童

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勇者の戦い!

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 誰が何と言おうとここは剣と魔法の世界なのです。運命に選ばれし勇者である僕、田中ああああが言うんだから間違いありません。運命に選ばれし勇者ですから、魔王討伐の旅にいざなわれるわけですよ。運命の女神様から。それはもうあの手のこの手で言葉巧みにいざなってくるんです。全く、油断も隙もあったものじゃありません。
「あんた温泉好きよね?」
「はぁ・・・まぁ嫌いではないですけど・・・」
「じゃぁさ、温泉巡りの旅っていいと思わない?」
「まぁ、そうですね。面白そうではありますね。」
「ならやってみない?温泉巡りの旅。そしてついでに魔王を討伐したらいいじゃない。」
「魔王討伐はついででいいんですか?」
「そう言わないと、アンタ旅立たないじゃない。」
「まぁ、それはそうですけど・・・」
 窓の外ではシトシト雨が降っています。せっかくの休日にあいにくの雨ですが、僕は外出しないので逆に少しだけ得した気持ちになります。何がどう得なのかは自分でもよく分かりませんが。
「あ~~~もういいわ!」
 突然ケメ子ちゃんがゴロリと横になりました。
「どうしたんですか?」
「私・・・運命の女神向いてないわ・・・」
 力なく呟いたその言葉に、僕はビックリしました。
「どうしてそんな事言うんですか!!」
「だって、アンタ一人ろくにいざなうことも出来ないじゃない。」
「それは・・・まぁ・・・ごめんなさい・・・」
「いいのよ。謝らなくても・・・」
「・・・でも・・・」
 僕が何か言いかけたその時、ケメ子ちゃんの目がキラリと光りました。光ったような気がしました。僕の座っている位置からは、横になっているケメ子ちゃんの顔は見えません。見えませんが、目が悪戯っぽく光ったような・・・そんな気がしました。
もしや、この人は落ち込んだふりをして同情を誘い、そして僕の口から『旅立つ』という言質を取るつもりなのでしょうか・・・もしそうだとしたら、とんでもない策士です。
 いやいやいやいや、そんな事を疑うのはいくら何でも失礼です。本気で落ち込んでいるケメ子ちゃんに対してそっけない態度をとったりするのは、人として最低な事なのです。
 だけどもし、これが落ち込んだふりだとしたら・・・僕はどうしても疑いの念をもってしまうのです。それにもし仮に本気で落ち込んでいるとしても、僕はどうしたらいいのでしょうか。何を言えばいいのでしょうか・・・旅立つのは簡単です。でも、こんな情に流されて、大事な旅立ちという決意をしていいものなのでしょうか。世界はそれを許してくれるでしょうか。
 最適解が全く分からない・・・僕はとりあえず様子を見ることにしました。
 しばらくの沈黙の後、ケメ子ちゃんが口を開きました。
「私ね・・・運命の女神として生まれてからずっと、選ばれし勇者に会うのを楽しみにしてたの。どんな人かな?カッコイイ人かな?なんてあれこれ夢想しながら・・・知ってる?運命の女神はね、勇者と恋におちて結ばれた時、悠久の生から解放されて一緒の時を過ごすことになるの。ロマンティックでしょう?」
 ・・・この人は何を言っているのでしょうか・・・いや、素敵な話なのですが、その話を僕に伝えてどうしようというのでしょうか・・・あれ?もしかしてこれって、告白的なやつをされているのでしょうか・・・そう考えたらドキドキしてきました。僕はロリコンではないので、見た目がキッズなケメ子ちゃんにたいしてそんな事を考えた事は無いのですが・・・でも、なんだかドキドキマギマギしてしまいます。
 不自然な沈黙が続いて、雨の音がうるさいくらいに感じます。何か言わないと・・・でも、何を言えばいいのでしょう・・・
「あの・・・」
 意を決して僕が何か言いかけた時、ケメ子ちゃんがニヤリと笑いました。八重歯が光りました。
いや、見間違いか?でも確かに笑ったように見えた・・・気がします。疑心暗鬼になっているからそう見えるだけなのでしょうか・・・
 ブワッと汗を書きました。僕は今からかわれているのでしょうか?いや、からかわれるのは別にいいです。次の瞬間ケメ子ちゃんが噴き出して、
『なんて顔してんのよバー――――カ!!』
 なんて言ってくれればそれはそれでいいのです。今問題なのは、からかわれていない可能性があるってことです。本気で何かを伝えようとしているケメ子ちゃんに対して、からかわれている体で接してしまったら、僕は大事な何かを無くしてしまいそうな気がするのです。
 ならばとるべき態度は一つです。ここは本気で話に付き合う姿勢で挑むべきです。あとで笑われてもいい。ピエロになったってかまわない。真剣な相手を邪険に扱って悲しませるくらいなら、からかわれて笑われるほうがずっといいのです!!
「あの・・・ケメ子ちゃん・・・」
 そこまで言いかけて、ハタと口をつぐみました。ケメ子ちゃんが今本気で何かを伝えようとしているとして、僕は何を言えばいいのでしょう。今のところ彼女はただロマンティックな話をしただけです。それ以上でもそれ以下でもありません。それなのに何の免疫もない僕が勝手にドキドキマギマギしているだけなのです。もしも僕が先走って変な事を言ってしまったら、ただただ気持ち悪いと思われてしまうだけです。無駄に不快な思いをさせるだけなのです。
 僕は何も言えなくなってしまいました。風が出てきたのでしょうか。窓を雨粒がバタバタと叩きます。
「まぁ、そんな甘い空想も、アンタを初めて見た時掻き消えたんだけどね。だって十七歳のアンタって、あまりにもガキだったんだもん。」
 ケメ子ちゃんの言葉を聞いて、心の中で
『セーフ!』
 と呟きました。どうやら話の流れは愛だの恋だのとは違う流れに行きそうです。先走って変な事を言わなくて本当に良かったです。だって下手したら、僕が恥をかくだけじゃなくて、ケメ子ちゃんにイヤな思いをさせてしまう所でしたから。
「もう十七年経つのね・・・懐かしいわ・・・」
 そう口にしたケメ子ちゃんの目に、涙が浮かんだように見えました。僕の座っているところから角度的にハッキリとそう見えるわけでは無いんですけど、心なしか目元が濡れているような気がします。なんだか見てはいけないような気がして、僕は目をそらして窓の方へ顔を向けました。雨が灰色の世界をぼやかしています。それをぼんやりと眺めながら、僕はここ数日、ケメ子ちゃんが僕の前に現れるようになってからの日々を思いました。
実際にケメ子ちゃんと会うまでは、なんとなく女神様は清楚な美人さんだと想像していました。まさか、こんな少女のような、オデコを出して釣り目で三白眼の女の子だとは思ってもいませんでした。ケメ子ちゃんと会うまでは、なんとなく女神様は上品でおっとりしている人だと考えていました。まさかこんな、感情豊かで表情のコロコロ変わる人だとは思ってもいませんでした。ケメ子ちゃんと会うまでは、なんとなく女神様といても退屈なだけだと決めつけていました。まさかこんな、こんな楽しい時間を過ごせるなんて・・・
ケメ子ちゃんと会うまでは・・・思ってもいませんでした。
「アンタってさ、十七歳の頃から変わらないね。」
「そ・・・そうでしょうか?」
 やけに緊張してしまって、僕の声は上ずってしまいました。いつものケメ子ちゃんなら、その時点でからかわれていたでしょう。
「腹が出てさ、髪も薄くなって・・・オッサンになっちゃったけど、でも、ずっと見てるから分かるわ。アンタはずっと、ガキのままよ。」
 その声色に優しいモノを感じて、理由もないのに涙が出てきそうになりました。どうしてケメ子ちゃんはこんな事いうのでしょうか・・・どうして・・・
「不思議なモノね。最初はガキなアンタに幻滅していたんだけど・・・今ではガキのままのアンタが・・・アンタが・・・」
 外では風が強くなって、窓が揺れています。だけど僕の耳には何も聞こえなくなったようになって、カタカタと窓を揺らす風の音も、叩きつける雨の音も、何も聞こえない静寂が僕を包みました。ただ心臓の音だけがバクバクと鳴っていました。振り向いてケメ子ちゃんと向き合わなければいけないのに、体の動かし方を忘れてしまったようになって・・・ただただ雨に滲んだ空を見ていることしか出来ませんでした。
「でもダメね・・・私は結局役目を果たせないでいるんだもの。」
 何を言えばいいのか分かりません。でも何か言わないといけない事だけは分かります。言葉はスルリとすり抜けて、頭の中で紡ぎかけた文章は何の手ごたえもなくホロホロと崩れ落ちていきます。
でも、何かを言わなきゃ・・・何かを言わなきゃ僕はきっと絶対後悔するのです。
「あの・・・ケメ子ちゃん・・・その・・・僕は・・・僕は・・・」
 自分のモノじゃないような不自由な体を一生懸命に動かして、僕は寝ころんでいるケメ子ちゃんに向き直りました。心臓がバクバクして喉がカラカラに乾いています。多分、今僕の顔は青くなったり赤くなったり、まるで壊れた信号機のようでしょう。
「なによ・・・」
「あの・・・僕は・・・十七年間・・・旅立つこともしないで・・・勇者として最低の人間だと思います・・・その・・・世界を救う使命を受けたのに・・・大学にいきたいとか・・・劇団で食っていきたいとか・・・そんな・・・わがまま放題で・・・ダメな勇者・・・だと思います・・・思いますって言うか・・・実際にダメだな・・・ハハハハハ・・・」
 横になったまま、ケメ子ちゃんが僕の方をじっと見つめています。顔は見えなくても、それくらい分かります。そして僕は、言葉に詰まってしまいます。焦れば焦るほど、言葉は蜃気楼のように掻き消えていくのです・・・
 それでも、今ここで言いたいことを、僕の思いを伝えなくては・・・考えろ・・・考えるんだ・・・考えないといけないのに・・・考えれば考えるほど・・・何も言えなくなってしまいます・・・
「焦らなくていいわ。ちゃんと待ってあげるから。」
 ケメ子ちゃんが言ってくれました。とても優しい声でそう言ってくれました。
 だから僕は思ったのです。何を言うべきかじゃなくて、何を言いたいかを大事にしようって。考えるんじゃなくて、思ったことをそのまま伝えようって。
「ケメ子ちゃん・・・あのね、僕はね、最初ケメ子ちゃんと出会った時にね、ただの子供にしか見えなかったんだ。僕の中の女神感と明らかに違う、なんていうかな・・・その・・・正直に言って少し落胆したんだ。・・・僕の頭に語りかけてきてくれた声とかから想像した女神様からかけ離れていたからさ・・・あ、ごめんね。いくら何でも失礼だよね。」
「ううん。続けて。」
「でもね、ケメ子ちゃん。気が付いたらね、僕は君に会うのが楽しみになっていたんだ。仕事からの帰り道、今日はケメ子ちゃんは来るかなって思ったり・・・休日前は、明日はケメ子ちゃんとどんな話をするんだろうって思ったり・・・あのね・・・僕はね・・・ケメ子ちゃんと会ってから、なんかこう・・・世界に色が付いたというか・・・毎日ただ起きて寝るだけだった日々が、とっても愛おしいモノになったんだ。」
「うん。」
「ねぇ・・・ケメ子ちゃん・・・僕はさ、わがままばかりのダメな人間だからさ・・・心のどこかで、こんな僕でも受け入れてもらえるって・・・そう信じていたんだ・・・馬鹿だね・・・でも・・・ケメ子ちゃんの言う通りでさ。僕は、こんなオッサンになっても、まだわがままなガキだからさ・・・わがまま言わせてよ・・・ケメ子ちゃん・・・あの・・・これからもずっと・・・僕の・・・僕の・・・」
 そこまで言って、僕はまた何も言えなくなってしまいました。何か言ったら泣いてしまいそうで、だから何も言えなくなってしまいました。
 情けない。なんてダメなんだ僕は・・・泣いたっていいじゃないか・・・嗚咽を漏らして醜態をさらしたっていいじゃないか!
 言うんだ・・・僕の言うべき言葉を・・・伝えるべき言葉を・・・
 僕は・・・
 僕は・・・

「プっ・・・」

 突然ケメ子ちゃんが噴き出しました。

「あは・・・あははははははははははははは・・・ごめんごめん!何アンタ泣きそうになってるのよ!!」
 お腹を抱えてゴロゴロ転がるケメ子ちゃんを見て、僕は全身の力が一気に抜けていくのを感じました。
「そんな事だろうと思いましたよ。また僕をからかったんですね?」
「本当にごめんって。いやね、私もさ、なんだか途中から止め時が分からなくなって・・・あ~~~あ・・・今度こそ旅立たせることが出来ると思ったのに。『ケメ子ちゃん!いなくならないで!僕旅立ちますから!!』ってなると思ったのに。」
「もう!女神のくせに嘘ついていいと思ってるんですか?」
「あれ?私嘘ついたなんて一言も言ってないけど?」
「え?」
「あとね、私、アンタの心読めるのよ?ふふふふふ・・・」
「それってどういう意味ですか?」
 僕の言葉にケメ子ちゃんは、
「アンタが今旅立つってんなら教えてあげてもいいわよ?」
 そう言ってニヤリと笑いました。

 この野郎!って思いました。
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