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2.こんなところに聖女?

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「「……」」

 しばらくお互いに目を見開いたまま、まじまじと観察し合った。

 華やかではないけれど綺麗な人だ。
 一つにくくったさらさらの黒髪。黒い眼鏡の下に、黒い瞳。白い肌に細くて華奢な体。

 変わった服装をしている。仕立てのいい白いシャツの上に見慣れない上着と膝丈のスカート。
 高級品の眼鏡をかけていて、履いている黒い靴は、旅をするには歩きづらそう。
 裕福な家の人なのかな。顔立ちと服装からして、他国の人?
 
 ぐううぅぅぅ。

 女性のお腹が鳴った。恥ずかしそうにお腹を押さえる表情がなんだか可愛い。

「ええと」

 僕は懐からさっきもいだ実を取り出して、女性に差し出した。
 綺麗で身なりのいい女性に、こんなものをあげていいのかためらったけど。他に何もない。

「良かったら食べますか。リーゴの実です」
「いいんですか」
「これしかないですけど」

 女性はリーゴの実をじっと見つめた。

 うう、こんなものですみません。

「ありがとうございます」

 女性がかりっと音をたてて、赤い実を受け取ってかじる。

「美味しい」

 女性の目からぽろっと涙がこぼれた。

「え? ど、どうしました?」
「ぐすっ、なんでもないです」

 なんでもないのに泣いたりしないって。どうしよう。

「うわわ、泣かないでください。ええと」

 わたわたと懐をまさぐってから、肩を落とした。そういや、ハンカチは指の固定に使ったんだった。

「すみません。今ほんとに何も持ってなくて。拭くものもなくて」

 涙を指で拭った女性がくすっと笑った。ああ、そんな仕草や表情も綺麗だな。

「あの。荒唐無稽な話を聞いてもらってもいいですか」
「はい、僕でよければ」

 よれたベストで申し訳ないけど、はたいて埃を落とし、地面に敷いた。遠慮する女性を説得して座ってもらう。
 黄昏時で顔色は分かりにくいけど、疲れて見えたんだ。

「私は山中日和《やまなかひより》といいます。実は、異世界から召喚された聖女でして」
「僕はルイといいます」

 聖女と聞いて納得した。服装や顔立ちが違うのはそういうことだったんだ。
 そういえば王家と神殿が聖女を召喚するって大々的に宣伝してたな。それが今日で、ヒヨリさんが聖女だったんだ。
 でもおかしいな。聖女が森の中に一人でいるなんて。

 僕は辺りを見渡してみた。誰もいない。人の気配も感じない。

 異世界召喚は、勇者や聖女などの英雄を別世界から招くものだ。
 元々の世界の神が世界から離れる魂を憐れんで、別の世界でも生きていけるようにと祝福を授けるとかなんとか。召喚で強制的に世界を跨ぐと、肉体と魂に変化が生じて、『魔王』に対抗できる強力なスキルがつくんだそうだ。
 だから召喚された勇者や聖女は国をあげて保護される。なんなら国王と同じくらいの権限だって与えられる。

 それなのに聖女がたった一人で森の中に放置されてるだって?

 僕のベストの上に膝を抱いて座ったヒヨリさんが、静かに話し始めた。

「海風亜花梨《うみかぜあかり》さんと一緒に召喚されたんですが、海風さんは『S級浄化』を始め、他のスキルも全部A級。私は『SS級ぽかぽか』で、他は全部F級だったんです」
「SS級ってすごいじゃないですか」

 スキル無しの僕からすると、雲の上の存在だ。
 だけどヒヨリさんは力なく首を横に振った。

「『ぽかぽか』はせっかくSS級なのに『あらゆるものを温める』だけのスキルなんです」
「え? えーと、その」

 まさかの名前の通りのスキル。いやでもSS級だぞ。すごい‥‥‥けど。
 何に使うんだろ?
 って、違ーーう! 何に使うとかそういう問題じゃないって。

 僕は自分を恥じた。
 勇者や聖女はこの世界とは何の関係もない異世界の人だ。期待したスキルがないとか、使える使えないとか関係なしに、大切に扱わないといけない。

 それなのに、ヒヨリさんのこの暗い顔。僕が何に使うのか疑問に思ったように、お偉いさんたちも使い道がないと判断したんじゃ。だとしたら、一人で森の中を歩いてたのは。

「使えないですよね。貧相な容姿にふさわしい、ゴミスキルのはずれ聖女だって言われました。本物の聖女は海風さんだけだと、追放されたんです」

 やっぱり。

「酷い……! 勝手に喚んで勝手に捨てるなんて。なんですか。最悪じゃないですか!」

 最悪だ。最低だ。一瞬でもスキルの使い道を考えてしまった僕も含めて。

 僕は頭を下げた。

「この世界の一人として謝ります。すみませんでした」
「ルイさんのせいじゃないですよ」
「それでもです。本当にすみません」

 知らない世界、知らない国、知らない場所でたった一人。どれほど心細かっただろう。本当に申し訳ない。

 僕が頭を下げたって、ヒヨリさんの気持ちは収まらないだろうけど。

「僕にできることなら何でもします。‥‥‥といっても、お金も何もなくて大したことできないんですけど」

 情けないことに一文無しだ。できることといったら、近くの町までの道案内くらいかな。一番近いのは王都だけど、追い出されたばかりだし。

「ふふ。ありがとうございます。ルイさんはいい人ですね」

 あ、笑ってくれた。笑うと特に綺麗だな。
 ヒヨリさんが貧相な容姿って、お偉いさんたちの目は腐ってるんじゃないか。ヒヨリさんはこんなに綺麗なのに。
 細いし、心労からか陰があるし、飾り気のない黒服だから勘違いしたんだろうけど。目は大きいし澄んでるし、まつ毛長いし、薄い唇も柔らかそうだし、いい匂いするし。

 つい見惚れていると、ヒヨリさんもじっと僕を見つめた。ヤバっ。変なこと考えてたの顔に出てた?

「あの。その怪我はどうしたんですか」

 見惚れていたのがバレたわけじゃなかったらしい。

「へ? あ。なんでもないです。気にしないで下さい」

 怪我と言われて、僕は無意識に一番痛いお腹を押さえた。
 僕の頬と布を巻いた指に向いていた、ヒヨリさんの目線がお腹に向かう。
 あ、しまった。
 お腹は服に隠れているんだから、腫れてる頬とハンカチを巻いてる指の怪我しか見えないのに。わざわざ反応してしまった。

「腫れてる頬よりお腹の方が酷いんですか」

 ヒヨリさんの顔が険しくなった。

「見せて下さい」
「え」

 女性に見せるのは抵抗がある。思わずお腹を抱えてじりっと後ろに下がったけど、ずいっと距離をつめられた。

「F級ですけど回復のスキル持ってますから」
「いえいえ、大丈夫ですから」

 F級の回復だと擦り傷を治すくらい。スキルを使うのも精神力や体力がいる。無駄に使わせては申し訳ない。
 経験上、痛いのは一晩寝れば治るし。

「いいから見せて」

 ぎゅっと眉根を寄せたヒヨリさんの声が強く低くなった。
 ひいぃ、顔立ちの整った人がこういう顔すると迫力ある。

「‥‥‥はい」

 観念した僕はシャツをめくった。
 うわ、思ったより色が変わってる。ちょっと気持ち悪い見た目だ。

「全然大丈夫じゃないじゃないですか!」

 ヒヨリさんは黒くなっているところに手をかざすとスキルを発動させた。

「『ぽかぽか』『回復』」

 じわぁっとお腹が温かくなって、僕は目を細めた。
 うわぁ、めちゃくちゃ気持ちいい。
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