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5話
しおりを挟む1週間経った頃、リエラからリリがあまり眠れてないようだと報告を受けた。夜中様子を確認しに行くとうなされていることが多く、朝起きるとクマがベッタリ張り付いており、心配かけたくないからとメイクで誤魔化していたという。が、これ以上黙っていられないと白状した。
彼女を夢でも苦しめる存在を縊り殺したくなってくるが、夢に干渉する魔法はない。そもそも精神に干渉する魔法は禁忌扱い。使ったら即処罰され一生涯幽閉だ。流石にそこまで愚かな真似は出来ない。
「安眠作用のある茶葉を手配させるか…」
「ライアン様、私に妙案があるのですが…」
「妙案?」
真剣な顔でリエラは妙案を口にした。
「アニマルセラピー?」
「はい、動物と触れ合うことで精神的にリラックスできると他の国で人気らしいのです」
「聞いたことはあります。犬や猫、ウサギを飼う方が多いと」
庭でお茶を飲むライアンとリリ、付き従うリエラ。彼女はこう切り出した。話を聞いてるリリは興味津々だ。ちゃんと食事を摂っているおかげか心なしかふっくらしている。細すぎるからもっと食べて欲しい。シェフに混じってケーキでも焼こうかと密かに企んでいる。
リリの顔には疑問が前面に出ている。突然アニマルセラピーなんて言い出したのでリエラの意図を探っているようだ。リエラが勿体つけて言う。
「リリ様、寝つきがあまりよろしくないでしょう?」
「そんなことは」
「夜中、うなされてらっしゃいますよね」
ピシッとリリが固まった。バレているとは思わなかったらしい。夜中にリエラが様子を見に来ていることにも気づいてないということは、寝てはいるのだ。クマが張り付くくらいには眠りの質がすこぶる悪いようだが。
「睡眠不足は放置すると身体にも悪影響が出ます。安眠作用のある茶葉を手配していますが、アニマルセラピーも試してみる価値はあるかと」
「ありがとうございます、ですが…」
リリは先の言葉を濁した。獣人の邸で動物を飼えるのか疑問に思ってるのだろう。確かに「動物をペットとして飼う」=同族を隷属させるに等しい、と嫌う獣人が多い。がライアンは獣人と動物は似て否なるものだという認識だ。
まあ今回の件に関してはライアンが真逆の考えを持っていたとしても、確実に承諾していたが。
「ああ、大丈夫ですよ、許可を取ってますから。ライアン様の」
「そうですか、なら安心…ライアン様の?」
リリが怪訝な顔で聞き返す。今の話の流れでライアンの名前が出るのはおかしいので、彼女の反応は間違ってない。なんならライアンもリエラからこの提案をされた時、理解出来ないあまり少々きつく返してしまったほど。
結果的に上手いこと説得されたからこの場にいるのだが。
「つまりですね、眠れない時に呼んでいただければライアン様が添い寝?で良いんですかね?してくださるという話で」
余りの情報量に脳の処理能力が限界を超えたらしい。数十秒程フリーズした後、元気に首をブンブンと振り、「無理です恐れ多いです申し訳ないですお手を煩わせるわけには行きません」と断られた、念入りに4回も。
しかしこれも織り込み済み。ここからが本番である。
「そうですかそうですか…これでも断られますか?」
とリエラが右手でライアンの方を指し示すも、何故か彼の姿はない。するとリエラが「あちらです」と庭の真ん中の方を示す。視線をそちらに向けると…えらく大きいライオンが行儀良く座っている。
完全に獣化したライアンである。彼の姿を確認したリリはまたしても固まると、食い入るほどライアンを凝視している。予想通りの反応だ。
『リリ様ライアン様の鬣と尻尾が大層お気に入りじゃないですか。この間ポツリと隣にいてくれたら眠れそうだと真面目な顔で呟いておられたのです。それでこの案を思いつきました、名案でしょ?ライアン様だってリリ様と合法的に添い寝出来るんですから。あ、分かってるとは思いますが欲望のままに襲ったらリリ様に永遠に嫌われ、いやもう嫌悪されますからね?』
あれは今にして思えば悪魔の囁きだった。未婚の男女が同衾なんて許されない。それにライアンから提案したらリリは断れないだろう。保護した側と保護された側という明確な上下関係が存在してるのだから。リリの性格なら尚更、嫌だと思ってても受け入れてしまいそうで当初は即却下したのだ。
意見を変えたのはリエラからリリがそろそろここを出て行こうとしている、と聞いたからである。その瞬間全身から血の気が引いた。表情がげっそりと抜け落ち、リエラは予想通りの反応だと苦笑いした。
『これ以上世話になるのは心苦しいと仰ってるんです。手持ちの金貨から世話になった分を払うとまで。彼女、金貨がぎっちり詰まった巾着持ってましたし、あれだけあれば暫くは働かなくとも暮らしていけそうです』
『……』
『ライアン様は宜しいんですか?リリ様が出て行っても?』
『…嫌に決まってる。だが、無理矢理ここに留めても嫌われるだけだ』
リエラは「いや、まあ、うーん」と何やら呟いた後『だからこそのアニマルセラピーですよ』と続ける。要するに出て行く気を無くさせれば良いのである、と。それが完全獣化したライアンが添い寝する、というものだ。
正直うまく行くわけないと半信半疑のまま、この場に来たのだが。リリは目をまんまるにしてライオンになったライアンを凝視している。キラキラと碧い目が輝き、心が躍っているのか頬も心なしか紅潮してる。まるで恋する乙女のようである。
彼女はライアンの鬣がお気に入りなので、毛並みも気になるだろうと算段は付けていた。実際目にすると予想以上に効果的だったと確信する。
「リリ様どうです?触りたい放題もふりたい放題ですよ?」
彼女の横で悪魔が囁いてくる。彼女の表情はいつになくクルクルと変わり、葛藤しているのが手に取るように分かる。
そして遂に、彼女はリエラの提案を受け入れたのであった。内心ガッツポーズをしたのは言うまでもない。これで少々手荒な手段を取る必要がなくなったのである。ルイスに明かすと「こっわ、これだから恋愛童貞は」とドン引きされた上に馬鹿にされた。誰が恋愛童貞だと反論するも、10代の頃人並みに女遊びをしていたのは事実だが、好きだったわけでない。深く付き合うのは面倒だと冷めていたのだ。確かに自分は恋愛経験がないのだ、と改めて突きつけられた。
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