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「俺んちにある青山の荷物、どうしたら良い」

昼休憩、トイレに行った帰りの花音かのんに話しかけてきたのは無駄に背が高く、目つきの鋭い愛想のない、でも顔はモデル並みに良い同期。数週間前まで付き合ってた元彼、葛城蓮かつらぎれん。花音から一方的に別れを切り出して以来会社でも避けていたので急に話しかけられて、「なんで話しかけてくるんだ」と露骨に顔に出てしまったが葛城の顔は無。安心すれば良いのか何考えてるか分からなくて不安がれば良いのか。

数年付き合ってても彼の考えてること読み取るのは簡単では無い。だが葛城の話の内容を無視することも出来ず、花音は立ち止まる。

「荷物…私の方にもあるよそっちの荷物」

数年付き合っていたので互いの部屋に自分の私物を持ち込んでいた。別れた後葛城の私物を整理するべきだと頭では分かっていたが、どうにもやる気が起きずに放置していたのだ。後回しにしていた問題を葛城は突きつけてくる。

「俺の荷物はそんなにないだろ、問題はお前だ。化粧品に服雑貨…改めて整理すると結構な量あったんだよ」

「…そこまで気が回らなくてごめん。着払いで郵送しておいてくれる?私も荷物送るから」

「いや取りに来いよ。合鍵も返さないといけないし」

またしても「え?」と露骨に顔に出るも彼は涼しい顔。取りに来いって、何故?合鍵を他の荷物と一緒に送るのは万が一があるから避けるのは分かる。なら合鍵だけ会社で渡せば良いだろう。同じ部署で嫌でも毎日顔を合わせるのだから。態々一方的に別れを告げた元カノに家まで取りに行かせる理由が花音には思い付かない。

…まさか、未練がある?いや、そんなわけない。だって葛城は「もう疲れたから別れたい」という理不尽極まりない理由を反論せず受け入れた。あっさりしたものだった。彼はいつもこう。口数が多い方ではなく、優しかったが何に対しても淡白だった。花音から告白した時も「良いよ」の一言だったし、思い返せば好きと言われたこともない。

花音は葛城のことが好きだったけど、果たして彼はどうだったのか。彼と自分の気持ちが釣り合ってない、彼は花音で不満は無かったのか、という不安がこの数ヶ月で膨らんでいき、ついに爆発したのが数週間前。

顔を見たくないほど嫌いになったわけではない。でも顔を合わせると気まずい。そんな彼の家に行く。想像しただけで気が重い。

「…合鍵は会社で渡して荷物は郵送すれば良いでしょ?」

「…そんなに俺の家来るの嫌?」

不意に低くなる葛城の声。それだけで彼が不機嫌なのが分かる。

「もしかして、荷物を口実に呼び出して何かすると思ってる?そんなに下衆くないよ俺。ただ郵送するにも色々手間かかって面倒だから取りに来てって言ってるだけ」

冷ややかさすら感じる彼の視線。花音はそんなことは疑ってないが、彼からしたら元カノに未練たらたらだと思われるのは心外なのだと伝わってきた。

花音は葛城と揉めたいわけではない。別れた後険悪になり仕事に影響が出るのは避けたい。尤も葛城は決して仕事にプライベートは持ち込まない。簡単に割り切れないのは花音の方だ。葛城に心を乱されるのは沢山なのだが、酷い理由で振ってしまった側としては、葛城の要望を突っぱねることが難しい。

「…分かった。あなたの荷物も持って行く。いつ都合いい?」

「いつでも良いよ、基本的に暇だから」

彼はインドアだ、でも花音が何処に行きたいと言うと嫌な顔一つせずに一緒に出かけてくれた。あまり表情筋が動かないが、嫌々付き合ってるわけではないのは伝わってくる。そういうところに花音は甘え過ぎていたのだ。

早く忘れないといけない。その為にもやるべき事はさっさと終わらせると花音は決心する。

「じゃあ、今週の土曜日の10時は?」

「良いよ、土曜な」

そう言い残すと用は済んだとばかりに、さっさと行ってしまった。仕事以上に緊張していたのか、葛城の姿が視界から消えると肩の力が抜け壁にもたれかかる。

(土曜か…行きたくないけど、これで最後だし)

今日は木曜なのであと2日。それまで落ち着かない心地が続きそうだった。

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