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2話

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私、佐上瑠衣さがみるいははたから見ると恵まれている、と評される。両親は共に大企業に勤務し、それなりの地位についていた。また、住んでいるマンションはワンフロアを借り上げている。家を開けがちな両親に変わり家政婦さんが毎日通いで来てくれている、どこからどう見ても裕福な家のお嬢様だ。お金に困ったことはないし、欲しいものは何でも買い与えてもらえた。「羨ましい」「将来どんな道を選んでも親が援助してくれるんだろう」という目で見られることも日常茶飯事。そう、私は所謂親ガチャに成功した人間。


…では決してない。


両親は互いに愛し合って結婚したわけではなく、家の都合で仕方なく一緒になっただけ。結婚してからも愛情が芽生えることはなかった。そのまま仮面夫婦として過ごすつもりだったのに、妊娠して私が生まれた。

互いに無関心だったのに、何で子どもが出来ることをしたのか甚だ疑問だった。何でも母親は堕ろそうとしたらしいが、スキャンダルになることを恐れた親族からの強い反対で「仕方なく」産んだと母親本人から聞かされた。それを知った私が絶望する様を、冷めた目で見下ろしていた母親は恐らく人としても親としても相応しくなかったのだろう。

私が生まれた後も両親の仲は冷え切ったまま、寧ろ結婚した当初より悪化し互いに外に恋人を作り家には滅多に寄り付かない。無理矢理結婚させた互いの実家は世間体を取り繕えば良いのか、完全な不干渉を貫いている。私には金だけ与えて、父親の実家が雇った口の硬い家政婦さんに私の世話を丸投げしていた。

小学校に上がる頃には自分の家が異常であることと、両親の仲が破綻しておりどちらも私に関心がないことが何となく分かってしまった。時々帰ってくる両親に満点のテストを見せても、成績表を見せてもピアノのコンクールで優勝したと報告しても、煩わしいという表情を向けられるだけ。

機嫌が悪い時には「そんなつまらないことで話しかけるな」と怒鳴られたこともあった。手を挙げられる事は無かったが、それでも幼い子どもが傷を負うには十分な仕打ちだ。

そんなことが何回、何十回と続いていくと両親の関心を得ることも、褒められることが無いのだと子どもながらに理解した。

それでも私は良い子にしていればいつか、と微かな望みを胸に努力した。常に優秀な成績を維持して、誰にでも優しい優等生として過ごした。出来る限りのことはした。

その結果、外側だけ立派な歪な人間が出来上がった。話せる人間は多いけど、本当に気を許しているのは一握り。冷え切った両親を見て育ったから恋愛というもの、異性に対し嫌悪感に近いものを抱いていた。

母親譲りの美貌から告白されることは多々あったが、誰かと共にいる自分、誰かに愛される自分が想像出来ないため全て断ってきた。

全てを諦め冷めたまま生きていた私だったが高校2年の夏、全国模試で初めて10位以内に入った。その時の浮かれようといったら思い出すと笑ってしまう。

当時の私は浮かれるあまり正常な判断力を欠いていた。平素なら絶対有り得ない間違いを犯したのだ。久々に家に戻った母に報告をするという間違いを。

有名な進学校に通い、入学してからずっと学年トップを維持していることにも全く関心を示さなかった母親。それでも流石に今回は「頑張った」「よくやった」と褒めてくれるのではと期待をした。

しかし、母親は模試の結果の記された紙を持った私の手を力任せに振り払った。心底苛立たしげに。

「…だから何?褒めろとでも言うの?あなた何歳?良い年して子どもみたいなこと言わないで頂戴。大学なんて好きなところに行けば良いわ、お金は出す。だからこれ以上つまらないことで話しかけてこないで、本当鬱陶しい」

侮蔑の込められた声でそう吐き捨てると母親はリビングを出て行った。一言、良く頑張ったと褒めてもらいたかっただけなのに。その一言すら私は貰えない存在だと突きつけられた。

ここで私は本当の意味で理解した。母親は、あの人は私が私である限り愛してくれることはないのだ、と。私が父との間に出来た「要らない子」である限り。母の名前も知らない恋人との間に生まれた子どもであれば愛してくれたのか、と有り得ないことを想像したこともある。

だが、私は自分でいうのもなんだが外面を取り繕うことだけが得意で、中身は可愛げも愛想もない。性格は良いどころか悪い方に天秤が傾いている上に歪んでいる。

出自というどうしようもない要素を除いたとしても、凡そ人に愛されるに値する人間ではない、と悟ってしまった。

その上、10年以上得られもしない親の愛情を求めて優等生で有り自慢になりうる娘を健気にも演じていた自分の愚かさに笑いが込み上げてくる。乾き切った笑いが誰もいないリビングに響いていた。




翌日の放課後、私は屋上に居た。本当は立ち入り禁止だが今の私はそんな細かい事は気にしない。今日だけは自分の周りを囲むクラスメートが鬱陶しくて、1人になりたかったからここに来た。

フェンスに近づいてグラウンドを見下ろす。部活動に勤しむ生徒達の騒がしい声が聞こえてくる。彼等は少なくとも私よりは家族に恵まれているのかと思うと何とも言えない気持ちになった。どっちがマシかなんて考えたところで意味はないのに。

幼い頃から何でも人並み以上に出来たけど、極めようと思った事はない。唯一ピアノは中学まで続けていたけど、ある日突然続けることの意義が分からなくなり辞めた。

結局勉強もピアノも両親から関心を得たいがために努力していたにすぎない。自分の意思でやっていたものは果たして一つでもあったのだろうか。

私はほんの出来心でフェンスに足をかけ登ってみた。当然ながらさっきよりも視線が高い。

グラウンドを駆け回っている生徒は自分がやりたくて、打ち込んでいる人ばかりなのだろうか。何の打算もなく打ち込めて、楽しめている人達が心底羨ましい。

フェンスを掴んだ手に力が籠る。

この高さから落ちたらただでは済まない。下はアスファルトだから、確実に死ぬ。

別に今まで死にたいなんて思った事はない。今もそんな事思っていない。

ただ、何となくだ。そもそも立ち入り禁止の屋上に入った事に自分でも驚いている。「優等生」の佐上瑠衣なら決してしない事。

こんな風にフェンスに登る事も。

このまま登ってフェンスの向こう側に行く事もできそう。いや、それをグラウンドに居る生徒に見られたら確実に面倒なことになる。

ちょっとした悪ふざけだと説明したところで、その通りに受け取る人間が果たして何人居るか。

そろそろ降りるか、と思うも悪い事をしているという解放感が中々に心地よく足が降りようとしない。

別に悪い事をしている、とバレたって良いんじゃないか。「良い子」で居ても何の関心も抱かれないが、「悪い子」だと両親の外面にも多少は影響が出るかもしれない。

それなら私の事を少しは…。

私はかぶりを振った。諦めが悪い、まだあの人達に期待をしている。散々裏切られてきたのにこれ以上何を望むというのだろう。

「…本当面倒くさい」

生徒を見下ろして深いため息を吐いた時だった。

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