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4話
しおりを挟む指先で触れて、なぞるように少し擦った。頭上からテオドールの「っ…」という吐息が聞こえる。痛かったのだろうか、しかし顔を上げる勇気は持ち合わせていない。痛かった場合彼の性格上はっきり言うはずだ、多分。大丈夫だろうと自己判断し、同じ力を加えたまま上下に指を滑らせる。よし、この調子、
ビュルッ!っ…
勢いよく白濁液が先端から噴き上がった。たちまちリゼットの手は勿論、ボタンをしっかり留めていた白衣、口元や顎を汚した。突然熱くてドロリとしたモノを浴びたリゼットは硬直する。たった今起こった出来事を脳が理解するのに時間を要していた。ギギギ、とぎこちない動きで顔を上げると、頬の赤みが薄くなり、寧ろ顔面蒼白と表現した方が良い程顔色の悪いテオドールと目が合った。
「…」
「…」
沈黙が降りた。どちらも互いを見つめあったまま微動だにしない。リゼットはほぼ無意識に口元についた白濁をチロ、と一舐めしてしまった。まずい、とリゼットは顔を顰める。生臭い上に苦い。人の身体から出てきたものが美味いわけがないけれども。これを恋人に飲ませたがり、逆に飲みたがる人間も一定数存在すると言うがリゼットには理解が困難なようだ。いくら好いた相手とはいえ…。
「おい」
「…はい?」
「何故今舐めた」
「えーと、何となく…」
「何を考えている今すぐ吐き出せ」
「いやそれは無理で」
「身体にどんな影響があるか分からないだろう」
「…大丈夫だと思いますが…」
身体に悪かったら飲む人間は存在しない、とは口に出せなかった。テオドールがいつになく怒っていたから。その形相は遠征で目を離すとすぐ迷子になるリゼットを探し出した時の顔と似ていた。「何で30秒目を離すと姿を消す⁈」「君は瞬間移動でも使えるのか」「…いっそ縄で繋ぐべきか」
毎度毎度薬草のことになると周りの見えなくなるリゼットの事をテオドールは呆れながらも探し出してくれる。遠征はその都度第一騎士団以外の騎士団が護衛を担当してくれるのだが、リゼットの方向音痴ぶりには皆諦めている。「迷ったと思ったらその場で待機しろ動くな」と言い含められるだけ。毎度毎度探してくれるのはテオドールくらいだ。
リゼットはその時のことを思い出していた。それくらいテオドールの顰め面は見慣れたものだったから。しかし状況からするとリゼットはテオドールに色んな意味で汚された被害者である。なのに被害者が怒られている。摩訶不思議だ。
それにしても、自力でやっても大した効果は望めなかったのに他者の手が加わった途端、これだ。薬の作成者が誰かは知らないが恋人に飲ませれば盛り上がるんだろうな、と遠い目をして考えた。
シュンとしていたのにいつもの調子を取り戻したテオドールは酷い事になったリゼットのことをタオルでゴシゴシと乱暴に拭いてくれた。幸いなことにきっちり白衣を着込んでいたおかげで下に着ていた制服には被害がなかった。ドロドロになってしまった白衣を自分で洗いたいリゼットと「洗って駄目なら新しいのを渡す」と頑なに譲らないテオドールとのちょっとした攻防戦があったのだが、最終的に腕力に物を言われて奪い取られた。
白衣を取られる前、チラリと彼のものを確認したところ少し萎えていた。かなり勢いよく、そして量も結構出ていたので全部とは言わないまでも薬は抜けてきたのではなかろうか。細目でリゼットが見ている事に気づいたテオドールが無理矢理まだ硬そうなそれを下着の中に押し込んだ。きつくないのか、は聞く勇気がない。
取り敢えず今できる範囲で身体を綺麗にしたリゼットとテオドールは、さっきより距離が出来た状態でソファーに座っている。目の前のテーブルにはベタベタになった何枚かのタオルとドロドロの白衣。これは人目を盗んで洗濯場に突っ込んでおくとテオドールが顔を逸らしたまま言う。それをやはり視線を明後日の方向に向けていたリゼットは黙って聞いていた。
ことが終わってみると、自分は一体何をしていたのだろうと途方もない羞恥心に苛まれていた。リゼットはほとほと困ってしまう。暫くの間テオドールと顔を合わせて冷静でいられる自信がない。リゼットが絡まなければ冷静沈着なテオドールには簡単だろうが、碌な人生経験のない小娘が薬を抜くためとはいえ扱いた姿を見て、昂りに触れて精をぶちまけられた相手と普通に談笑できるか、いや無理だ。まあ会話は兎も角一応ポーカーフェイスは得意なので、顔を合わせるだけなら周囲に何かあったのでは?と悟られないよう振る舞える自信はある。しかし、顔を合わせれば大体会話をするもの。テオドールとリゼットの世話焼きの母親と手のかかる娘のような男女の仲を全く匂わさないやり取りは、そこそこ有名だ。突然リゼットが挙動不審になったり顔を赤らめたりしたら、「何かあったかこいつら」と疑惑の目を向けられること間違いなし。困る、本気で。
振り返ってみてもリゼットも媚薬に当てられたのか?と言わんばかりのらしくない行動の数々。テオドールがドアに鍵をかけて誰も入れないようにし薬が抜けるまで発散し続けるという解決策もあったのに。もっともらしい理由をつけて執務室に留まり、あまつさえ触ってしまったのだ。媚薬に周囲の人間にも精神と身体を昂らせる効果も付いていたのでは、と勘繰った。飲み残しのコーヒーを調べればどんな効果のある媚薬かは調べられるが、調べて何もなかったときが怖い。正気なのにテオドールの痴態を見たがった変態になってしまう。
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