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「……ここか…」


傘をさして実家の前までたどり着くと、私たちはしばらく立ち止まった。

自分の家なのに、まるで絵本の鬼ヶ島の鬼にでも立ち向かう桃太郎の心境みたい。


どうやって説き伏せようか、どうしたらみんなが納得できるか。
もう心臓がバクバクして息が苦しくなってきちゃったよぉぉ…。



「よし、行くかっ」


「う、うん」


私は玄関のドアの取っ手に手をかけて、ガラガラと引いた。



「たた、ただい ま…っ」


びしょびしょの傘を畳んで傘立てに入れているけど、なかなかお母さんは出迎えに来ない。


いつもなら「優!」って叫びながら来るのに。

今から向かうってちゃんと連絡したんだから、来る事は知ってるハズ。


…もしかして、まさか出迎える気はないって事?



仕方なく私と勇さんは玄関を上がり、お母さんたちがいるだろうリビングの方へと向かった。



一戸建てであるうちの実家。

玄関からお母さんたちのいるリビングまで1本道の廊下をおそるおそる歩く。


そして突き当たりを曲がってすぐ、リビングの障子を手にかけて開けようとした時だった。




「またあんたはそんな事を言って!!」


突然廊下まで聞こえてきたお母さんの罵声。

まるでいつも私と電話で話してる時のような言い草に、声のボリューム。


え、私はここにいるのに。
一体誰に対してそんな事を言って…?


私は、中を覗くように障子に手をかけてそっと開けて見た。



「あんたは相川家の長男でしょうが!
それを…っ!」


開けた瞬間にも飛んできたお母さんの罵声。

あまりのボリュームに一瞬、目をつむってしまったくらいだ。


これを電話越しで聞いてたんだから、そりゃ耳がキーンになってもおかしくないわよね。


障子を開けた中には、テーブルをはさんで向かい合ったお父さんお母さんと…弟の陸だった。



障子から顔を覗かせた私に気付いたお父さん。
お母さんに肘でつついて、私が来た事を教えてあげた。



「だからあんたがこの家を守らないと…………
ぁ、優…」


お母さんの罵声にしかめっ面している陸も、私の姿に気付いたようだった。


「あの…どうしたの?」


まだ春休みの時期とは言え、お盆とお正月くらいしか帰ってこない弟が今日帰って来てるとは思わなかった。

しかも何やらただ事じゃない雰囲気。


今日は私たちの話をしに来たハズなのに、何か別の事で取り込み中みたい?

まだ廊下に立ったままの勇さんも、この雰囲気にどうしたらいいかわからないといった顔をしている。

立ったまま障子から顔を出して今の状況を伺っていると、お父さんが指で中に入れと合図してきた。


私は勇さんと顔を合わせると、一度頷いた。

これから修羅場るだろうと思っていたのに、その前から既にイヤな雰囲気…。


勇さんはペコッと頭を下げながら私と一緒にリビングに入った。



「お、お邪魔します…っ」


長方形のテーブルに、一方はお母さんとお父さん。

その向かいに弟の陸。
…と、私たちもその横に座る。



「ねぇ、何があったの?」


横に座った時、コソコソっと陸に訊いてみた。


「姉貴こそ、どうしたんだよ。
そのでっかい男、姉貴の彼氏か?」


姉弟だから私に似てか、そんなに背も体型も大きくない陸。

私の隣に座る勇さんとはもちろん初対面で、まずはその身長が印象的みたいだった。


気まずい雰囲気になるだろうとは思ってたけど、何だか違う意味で気まずいこのシチュエーション。


さすがの勇さんもこれは予定外だったろう、どう切り出していいかわからないと思う。


そんな勇さんとお母さんも、もちろん初対面。

チラッと勇さんを見た後、お母さんは私と陸にも視線を流して更に盛大なため息をついた。



「はぁー…
優といい陸といい、どうしてうちの子は自分勝手な事ばっかりするのかしら…」


これから顔を合わせてちゃんと話そうとする前だってのに、いきなり自分勝手だなんて言われた。

わ、私たちはお説教されに来たんじゃないんだけどなぁ。



「…んだよっ
自分勝手って、オレからすれば母さんの方が自分勝手じゃんか」


「陸!
あんた何て事言うのよ!」


そんなお母さんに、陸は反抗を始めた。

もちろんお母さんの事だもの、更に言い返してはいるけど。


さっきの罵声も、きっとこんなやり取りをしていたからなんだろうな。
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