デートをしよう!

むらさ樹

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定番はお化け屋敷か ①

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それからも俺と翼はマップ通りに、アトラクションをひとつひとつクリアしていった。

コーヒーカップに乗ってはわざと回転を早めてはしゃいだり、ゴーカートにふたりで乗っては壁にぶつかって笑ったり。

中には子供だましみたいなジェットコースターもあったものの、俺の苦手としていた絶叫系のコースターは逃げ回っていたあの時に通り過ぎていたから上手く免れる事が出来たりする。




そんな遊園地制覇も順調に進んでいた時、ふと翼は足を止めた。


「……大地くん、ここはパスしよ……?」


どんな幼稚な乗り物も、小さなゲームコーナーも楽しそうにやっていた翼だった。
だが、ここに来て初めて翼が拒否をしたアトラクションがあったのだ。

“廃屋夜勤病棟 午前2時”

汚く汚れた壁面に掲げられた赤い字の看板にそう書いてあったのは、この遊園地のいわゆるお化け屋敷だった。



「何だよ翼。
まさか、こういうのダメとか言わないよな」


どんなアトラクションにもニコニコ楽しんでいた翼なのに、ここに立った瞬間から顔を曇らせていたんだ。


「ダメ……。
私、怖いのだけは……」

「オイオイ。
お化け屋敷ってのはデートの定番だぞ?
ここ入らなきゃ、来た意味ないだろ」

「でも、私お化けとかムリだもんっ」


しめしめ。
これでようやく俺もデートらしい事を教えてやれるぞ。

西園寺先輩だって、デートなのにお化け屋敷を拒否なんてされたらガッカリじゃないか。
なんたってお化け屋敷は、カップルが仲良くなれる絶好のチャンス満載のアトラクションなんだからな!


「翼、ずっと俺に掴まってたら大丈夫だから。
怖くなったら目つぶってていいし。
なっ、デートの練習、だろ?」

「う、うん……っ」

「よっしゃ。
じゃ、行くぞ!」


しぶしぶ頷く翼の手を握り半ば強引に引っ張ると、俺たちはこのお化け屋敷のアトラクションに並んだ。




しばらく列に並んだ後、いよいよ順番がまわり俺たちの入る時が来た。

入り口の前で、青白い顔に薄汚れた白衣を着た看護師さんに俺たちはこのアトラクションの説明を受けた。


「当病院に隠された、不治の病で亡くなった患者さんのカルテを見つけてナースセンターまで届けて下さいね……」


最近のお化け屋敷は、ただ歩くだけじゃないんだ。
ミッションをクリアしないと、いつまでもさ迷う事になる。
もちろん途中でリタイアできるようにはなっているわけなんだけど。でも折角来たんだ、リタイアなんてしないで完全クリアを目指すぞっ



「さっ、行くぞ!」

「う、うんっ」

入り口のドアを閉められると、中は緑色に鈍く光る非常灯の灯りだけで後は闇一色だった。
その不気味さは、夜の病院の怖さを上手く演出できてると思う。



「うわ……結構来るな」

「大地くん、やっぱり帰ろうよぉ」


ギュッと繋いだ手に、翼が更に力を入れて握った。


「い、いきなり帰るわけないだろっ
まだ来たばかりじゃないかっ」

「だって、こんなとこ絶対ムリ……っ」


強く握りしめた手が、ガクガクと小さく震えだした。
そりゃ演出の上手いお化け屋敷だなとは思ったけど、入り口入っただけで、そこまで怖いか?

確か……小さい頃に翼と遊園地に来た時も、こんなんじゃないけど一緒にお化け屋敷に入ったんだよな。

ぼんやりと、過去の記憶が頭の角をかすめてきた。






――――――
 ―――――――――

   ―――――――…



『だいちくん!
待ってよぉ』


空も赤色から黒くなりかかった薄暗い道を、おれは颯爽と歩いたんだ。

この田舎道になっている床には、小さな石ころや草花なんかもあった。



『何がお化け屋敷だよっ
こんなのちっとも怖くねぇし』


子供でも安心して入れるアトラクションだからと、おれとつばさのふたりだけでここに入れた父さんと母さん。

陽の沈みかかった田舎道が舞台になっていて、この道の先の神社のお社に手を合わせたらゴールらしい。


『だいちくんっ
こわいよ、待って!』


ようやく追いついたつばさは、そう言っておれの手をギュッと握りしめたんだ。


まわりには田んぼや川なんかもあって、水が流れる音も聞こえてくる。

時折カラスが鳴く声が聞こえては、つばさはビクっとなって震わせた。


『ビビりすぎなんだよ、つばさはっ』

『だってホントに怖いんだも……
っ!?』



――ピチャリ……


サラサラと川の流れる音以外の、水が跳ねるような音が聞こえた。


ピチャリ……

ピチャ……ピチャ……


『だ、だいちくんっ!』


まるで足音のように、その水の音はおれたちに向かってどんどん近付いているようだった。


『………………っ』


さすがのおれも、ちょっぴり息を飲んで音の鳴る方を集中した。

真っ暗じゃあなくても遠くが見渡せる程も明るくないから、何がいるのかはわからない。

でも、ただ


ピチャ ピチャ
と、音だけが間違いなくおれたちに向かって来ているのはわかった。


『だいちくん!
だいちくん!』


つばさがおれの腕にしがみつき、ガタガタと震えた。


『ばかっ
そんなにくっつくなよ!』

『だって!
だってお化けが来てるよ!』

『お化けかどうかなんて、見てみないとわかんな…………っ!』


足音のように聞こえた水の音がやんだ。

と同時に、その水音の正体が姿を現したんだ。


『――――――っ!!』

『きゃあぁぁぁぁっ』




あの時のお化けの正体、結局何だったかなぁ。

ただ翼の悲鳴があまりにうるさかったのと、思い切り身体に抱きつかれたのが印象的すぎて、肝心のお化けの正体は忘れちまったんだよなぁ。




病院の入り口からまっすぐに歩くと、まずは受け付けがあった。
廃屋だなんて言う名前が付いてるだけあって、やたらと書類やら何やらが色々と散乱していた。


「確か、カルテを持って行けばよかったんだよな。
こんな序盤で手に入るわけないとは思うけど、一応見ておくか」


ガサガサと書類を漁って見てみると、医学書の一部みたいなものから、看護記録のようなものもあったり、それから……


「……何だコレ」


何かの事件の書かれた新聞の切り抜きまで置いてあったのだ。

何が書いてあるのか読もうとしたけど、随分古い記事のようで字が霞んでいた。


「治療に……失敗し……裁判?」

「そんなの読まないでよぉ。
気持ち悪くなっちゃうからぁ!」


多分このお化け屋敷のストーリーの一部なんだろうな。
何かよくわかんねぇけど、必要アイテムであるカルテってのはないみたいだった。


「じゃ、先に進もうか」

「早く早くっ
早くゴール行こっ」



更に廊下を進んで行くと、ここは外来患者の検査室が左右にズラリと並んでいた。


「やだぁ!
こんな所、絶対お化け出るから!
大地くん、どうしようっ
怖くて行けないよぉっ!!」


チラリと反対側を見ると、小さな文字でリタイア用の出口と書かれたドアがあった。

幸い翼はこのドアには気付いておらず、ガタガタと震えながら検査室の方をジッと見ていた。

暗く不気味に見えて俺だって怖いとは思うけど、だからってこんな所でリタイアなんてしないからなっ


「翼、怖かったら俺に……
っ!」


掴まってろって言おうとした瞬間、翼は俺と向かい合うように身体を寄せた。
すぐ目の前にある翼の髪から、シャンプーかな? 良い匂いが俺の鼻をくすぐった。


「お、おい、それじゃあ歩きにくいだろっ
て言うか、ま、まだ何も出てきてないからなっ」

「だってぇーっ」


って!
俺の方が動揺してどうすんだよっ!


「………っ ………っ」

「…………………」


俺の胸に顔をうずめて小さく肩を震わせる翼。

……お化け屋敷、そんなに苦手だったんだなぁ。
デートじゃ外せないアトラクションだからって、ほぼ無理やり連れて来ちゃったけど。

もしかして……悪い事しちゃったかな。


「よし、わかった翼!」

「ひゃっ」


俺は身を寄せる翼の肩をグッと掴んで、抱き寄せた。
すると翼の身体が更に俺に密着する。


「そんなに怖いんなら、ずっとこうしててやるよ。
目もつぶったままでいい。
俺が、カルテを見つけてゴールまで連れて行ってやるから。
それでいいだろっ?」


自分の足で歩いて自分の目で見るから体験した事になるのかもしれない。
だけど、ここではこんな経験だっていいさ。

これはふたり一緒だから、デートになるんだもんな。


心電図室とか採血室、レントゲン室なんかが並ぶ狭い廊下を、翼の震える肩を抱きながら一歩一歩と歩き進む。

顔を俺の胸に押し当ててるから、翼の息がかかってそこだけちょっと熱く感じた。


レントゲン室には検査用の浴衣が床に脱ぎ捨てられていたり、胸骨を撮った写真なんかもあちこち落ちていた。

カルテってのを探さなきゃならないんなら、ひとつひとつ部屋を見て回らないといけないんだよな。

まいったなぁ。
目をつぶって俺の胸でうずくまってる翼を抱えたまま、怖がらせないように探せるかな。

カルテって言うくらいだから、ファイルみたいな形だと思うんだけど……



「……!」


何となくそれっぽいものを部屋の入り口付近で凝視していると、俺はゴソゴソと動く何かが見えてドキッとした。


目を凝らしてレントゲン室の奥に見えた何かを見てみると、それが薄汚れてボロボロになった白衣を着た人なのがわかった。


「(ヤバ…っ)」


声が出そうなのをグッとこらえて、部屋のドアの外に身を隠した。

そうだ。昔の古いお化け屋敷と違って、最近は人がお化けに扮して潜んでいるんだ。
見つかったりしたら、追いかけられたりして……



ザッと見た感じカルテらしいものもないだろうから、俺はあの白衣の人に見つからないうちにこのレントゲン室から出ようとした、その時。


「……どうしたの? 大地くん」


ジリジリと後ずさるように出ようとしたものだから、目をつぶっていた翼も不思議に思ってそう訊いてきたんだ。



「翼っ
しっ!」


今声なんか出したら、あの白衣の人に見つかってしまう!

だけどそう思った時には、もう手遅れなんだ。
レントゲン室の中でゴソゴソと何かをしていた白衣の人は、翼の声に反応しこっちを見た。


「!!」


しかも、今俺と目が合ったぞ!

目が合った途端、白衣の人は何かをブツブツ呟きながら俺たちの方へユラユラ歩き出した。


「……見たな……?
あのX線写真……見たな……?」

「えっ!?
なになに、何の声っ?」


低音で気持ちの悪い声を漏らしながら近付いて来る白衣の人は顔も青白く、所々血の痕なんかもある。

こんなの、翼に見せたら大変だぞ!!


「翼っ
目ぇつぶっとけ!」

「え?え?
……むぐっ」


俺は自分の胸に翼の顔を押さえ込むと、急いでこのレントゲン室から廊下にと出た。

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