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しおりを挟む「……………っ」
「あれー?
もう行っちゃうの?」
室内にあった小さな洗面所の花瓶に花を挿しただけなんだけど、今の話を聞いてもう慎吾くんの顔を見れなくなっていた。
元気そうな姿は見れて安心したし、もう…
「…また、明日来るよ。
お大事にね」
「ん。サンキュー、せのおさん」
「…………」
ゆっくりとドアを開けて部屋から出ると、私は病棟の廊下を歩きながらもうボロボロと涙をこぼしていた。
…バカっ
違うのよ。
これは、神さまがくれたチャンスなの。
慎吾くんの記憶がなくなったのは、盆子原さんとの未来をうまく歩む為。
慎吾くんさえ私の事を忘れてくれたなら、後は私が何事もなかったかのように盆子原さんとの愛を育んでいけばいいだけなの。
それが一番なんだからっ
───だけど…っ
──『俺、ひなの事好きだよ』
──『ひなぁ、俺ひなの作るチーズトースト食べたいーっ』
──『だから何なんだよ。
ひなはひなに、変わりないじゃん』
何事もなかったかのようにだなんて。
そんな簡単にできないくらい、私は慎吾くんが本当に本気で好きだったんだよ………っ!!
「…いらっしゃいま…
…あ、盆子原さん」
「ひな子さん?
目が…腫れていませんか?」
今日も夜の21時になる前に、仕事を終えた盆子原さんがうちの店に来てくれた。
慎吾くんのご飯は病院で出るから、盆子原さんは自分で食べる分だけの惣菜を選んでレジカウンターまで持ってきたのだ。
「あ…これはちょっと、なんて言うか…」
慎吾くんのいる病院から帰ってからも、ずっと家の中で泣いてしまっていた私。
あれだけ涙を出せば、何度顔を洗って化粧を厚めにしていてもバレちゃうみたい。
出勤してすぐ久保店長と小山さんに問われたけど、「思春期独特のものです」って言ったら納得されちゃった…。
「何か、あったんですか?
僕に話せる事だったら、話して下さい」
「あ…いえ、その…大丈夫です。
ちょっと、昼間に感動ドラマとか見ちゃって。それで…っ」
「…そう…ですか…」
こんな気持ち、盆子原さんには絶対言えないもの。
時間はかかるかもしれないけど、私がゆっくり慎吾くんとの事を忘れていけばいいだけの話なの。
だから…
どうか盆子原さんは、気にしないで下さいね…っ
仕事を終えた私は今日も盆子原さんと一緒に、帰り道を歩いた。
「今朝、慎吾の顔を見に行ったんですが、元気でしたよ」
「あ…よかったですね」
私よりも先に慎吾くんの病院に行った盆子原さんだ。
後から私も行った事は知らないだろう。
「この調子なら、明後日には退院できるかもしれません。
本当に、お騒がせしました」
「そんな…」
こんな事を言ったら不謹慎だけど、あの事故があったからこそ、私は盆子原さんの事も慎吾くんの事も傷付けないで済んでいるのだ。
そうでなかったら、今頃は…
「慎吾が無事に退院したら、改めて食事会をしたいと思います。
よかったら、今度はうちで僕の手料理をご用意しようかなぁ?肉や野菜の串カツに、サラダも添えて。
って、また慎吾に下手くそって言われるかな」
「…あはっ」
盆子原さんの話に笑いながら、それに比例して心の中はどんどんと重苦しくなってきた。
早く忘れて楽になりたいのに、それどころか益々胸が苦しくなってきてるのよ。
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