紫に抱かれたくて

むらさ樹

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「ごめんね。
折角来てもらったんだけど、店の方は終わってしまったんだ。
…それとも、この煌と約束があったのかな?」

そんな紫苑の言葉に、あたしはズキッと胸が痛んだ。

煌は、あたしが紫苑に会いたがってる事はまだ言ってないのかな…。
確かに煌はあたしの指名してるホストだけど、でもあたしがここに来てるのは紫苑に会いたいから。

なのに、煌と約束があったのかな?は正直ツラいかも…。


「…あたしは煌じゃなくて、紫苑に会いたかったの。
だから…」

そう紫苑に言った瞬間、隣にいた煌が顔を曇らせたように見えた。

お客としては来て1ヵ月の新人なんかより、オーナーまで兼ねてるベテランホストの方が良いと言ってる所を、あからさまに見せてしまったようなものだからなぁ…。

「…まだ、何か煌に至らない所があったのかな」

「え?」

紫苑の返してきた言葉に、すぐには意味がわからなかった。
煌に、至らない所なんて…?


「煌はまだこの世界に入って日が浅いから…なんてのは、言い訳にもならないんだけどね。
また何か落ち度があったのなら、僕からも謝るよ」

…何の事を言っているのか、わからなかった。
確かに以前はそんな事があって、煌とはちょっと気まずい思いもした。

そうしたら紫苑がお詫びにって、得意客でもないあたしとランチをしてくれて……


「…や、違う!違うの。
あたしは、煌に不快な接待を受けたから紫苑に会いたいって言ってるわけじゃないのっ。
あたしは純粋に…」

「そう、そうなんです紫苑さん!!」

誤解している紫苑にちゃんと話そうとした時。
何を思ったのか、煌があたしの言葉を遮って話してきたのだ。


「実はおれ、愛さんが紫苑さんに会いたいって言ってるのを無理やり止めて…っ
それで、怒らせちゃったんです」

何と煌は、とんでもないデタラメを言い出した。
紫苑に会いたいとは言ったかもしれないけど、煌には止められてもない上に、むしろ協力してくれると言われたのだ。

だからもちろん、怒ってなんかもないわけで…。

………あ、そうか…!


「…そういう事か。
確かに、僕は予定が多くてすぐには約束を入れられないかもしれないけど。
だからって、要望しているのを簡単に否定するのはいけないな」

「だから…どうか愛さんと…」

「なるほど。
じゃあ、愛さん?」

「あっ、うん…っ」


紫苑はあたしに向き直ると、お得意の柔らかい笑みを見せた。

「急で申し訳ないけど、今夜で良かったら予定がちょうど空いてるんだ。
…どうかな?」

「よ…喜んでっ!!」

紫苑との約束が、取れた!
これで、今夜は紫苑と一緒に過ごせる。

…それもこれも、あたしと紫苑を会わせてくれる為のとっさに出た煌のデタラメ話のお陰だ。

煌に感謝したい所なんだけど…今のあたしにはもう、紫苑しか見えていないの。



「………………………っ」

だから煌が今どんな顔をしていたかなんて、全然見えていなかったのだ。





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