紫に抱かれたくて

むらさ樹

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煌がシャワーから戻って来ると、あたしたちはベッドですぐに身体を重ねた。


相変わらず、煌はまだ下手なんだけど。
でもどちらかと言うとあたしの方が求めるように動くから、煌は受け身になってる事が多い。



熱く熱く、唇を交わす。
…紫苑としているみたいに。

激しくたくさん、身体を刺激する。
…紫苑にされてるみたいに。


この煌の唇は、紫苑の唇。
この煌の手は、紫苑の手。

紫苑の唇が、紫苑の手が、あたしに触れてあたしを癒すの。


「ん……もっと…っ」

「愛さん…っ、愛さん…っ」

煌の猫っ毛を抱きながら、紫苑を頭に描いてあたしの中の女を満たすの。

これで一晩たったの5千円。

だけど、これで身体は満たされても、心は全然満たされない…っ。





そんな方法で紫苑への気持ちを少しでも満たす事を覚えたあたしは、それから仕事を終えた後は煌を出張に呼んで夜を過ごす日が増えた。



…ホストなら誰でも良かったのかもしれない。

ただ煌なら、安価で約束を入れやすかっただけ。


セックスの腕は値段並みだったけど、ただ煌はあたしを一生懸命愛してくれる振りだけは上手かった。


それだけでも、煌を選んだ価値はあったかもしれないな。







「ん…ぁ、紫苑…っ」

「…っ!」

思わず呼んでしまった紫苑の名前に、煌の動きが止まってしまった。

いけない。
あまりにも煌に紫苑を重ねすぎてしまった。


「ご、ごめん違っ!
煌…?」

「あ…ううん、大丈夫…」

なんて言ってくれたものの。

せっかく尽くしてくれてるのに他の男の名前が出てしまって萎えたのか、その後は頬にキスをしてくれただけで終わってしまった。

あたし…知らず知らずのうちに、紫苑への想いが強くなりすぎているんだ…っ!





「そういえば愛さんって…紫苑さん狙ってたっけね」


行為の後のコーヒーを飲んでいる時、一緒にベッドに腰掛けている煌がぼやいた。


「そう…だったかな」


罪悪感からか、つい、そうとぼけてみた。

もちろん最初から今まで、そしてこれからもあたしの本命は紫苑ただ1人。


「初めておれと話した時、永久指名に紫苑さんを選んでたじゃん?
なのにそれが出来ないからって、おれにしてくれてさ」

「あー…」

「店に来てくれた時とかさ、いつも誰か探してる風だったけど。
あれって紫苑さん探してたんだね」

「………………っ」

"club-shion"に来て、まず先に紫苑の不在を確認していた事、煌は見てたんだ!
やっぱりベッドの上で紫苑の名前出しちゃったの、相当気にしてるんだわ…。

ドキン ドキンと、嫌な胸騒ぎがしてきた。

もしかしたらずっと煌の事を紫苑の代わりにしていた事が、バレてしまったのかもしれない。

煌を、傷付けてしまった…!!



「あたしの事…嫌になっちゃったよね…」


いくらお金で買う恋人ゴッコでも、他の男を頭に描きながらなんて気分悪いに決まってる。

特に煌はホストの経験も浅い上に、将来大切にするだろう恋人よりも先に自分の身体を売ったんだ。


仕事の為とは言え、懸命に尽くす所は新人ならではの良い所だったのに。

全部…あたしのせいで失望させちゃったわよね…。




「嫌だなんて!
おれは愛さんの事…好きだよ」

「…あ、ありがとう」


…それでもまだ、お客のあたしにそんな事を言ってくれるなんて。


よくデキた新人君だね、煌は。



「…そうだ。
愛さん、連絡先教えてよ」

「え?」






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