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「“club-shion”、か…」
あたしは顔写真の並ぶ細い通路を通った先にある入り口のドアを、ゆっくりと開けた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー!」
ドアを開けた途端、スーツに身を包んだ男が2人、片膝をついて出迎えた。
ネクタイもしっかり締めてあり、恐らくきっと20代初めくらいなんだろうけど、中年オヤジばかり相手にしているあたしからすれば純真無垢な男の子って感じに見えた。
お店に入ったばかりのお客に対していきなりこんな接待から始めた事に、正直驚いた。
「さぁ、どうぞこちらに」
若いホストはまるで絵本に出てくる王子様のように手を引くと、あたしを奥のテーブルへと誘った。
お店の中は思ったより広く、大半が大きなソファの並ぶテーブル席で占められていて、天井にはお店の中を妖しい色で染めるライトや、それをキラキラ反射させるガラスのシャンデリアなんかがある。
…ふぅん。
お客の対象が女だけあって、女ウケするようなオシャレな造りにはなっている。
若いホストに案内された席に着くと、何人かのホストがあたしのまわりにズラズラっと現れた。
「初めましてかな?
ようこそ」
「へぇ。
こういう所、初めて?」
「緊張してる?
肩の力、抜いてね」
まるでカモが来たと言わんばかりの集まり方。
これはもしや、自分の固定客にしようという作戦なんだろう。
こういうお店では、お客の数ほど自分の売り上げとして返ってくるんだものね。
でも初めてのお客を自分のものにしようとしているって事は、きっとこの目の前にいるホストはランクの低い人たちなんだろうな。
「悪いけど、あたしはこのお店のナンバーワンを指名したいの。
呼んでもらえるかしら」
どうせお金を払うなら、価値のある事に使いたい。
通うわけじゃないんだもの。ちょっと遊びに来ただけなんだから、しっかり楽しませてもらわないとね。
お店の入り口には、ここのホストたちの顔写真があったのは見たけれど。あんまり深く考えないで入っちゃったから、どんな男がいるのかはよく見ていなかった。
多分、ナンバーワンからナンバースリーくらいは大きな写真で飾ってあっただろうな。
あたしがここのナンバーワンを指名してからものの数分後。
ようやく他のお客から解放されたのだろう、そのナンバーワンホストはあたしの前に現れた。
「オレを指名してくれたのは、キミかい?」
声がしたので顔を上げて見ると、真っ黒な髪に真っ黒なシャツに靴と、全身を真っ黒に染めた若い男があたしの方をギラギラした目で見ていた。
さっきのウエルカムホストと違ってネクタイなんかは締めておらず、ボタンは外してラフな格好をしている。
そしてそんなはだけた胸元からは金のネックレスも覗いていて、そんな所からもランクの低いホストとの違いが何となく見て取れた。
「あなたが…ここのナンバーワンホスト?」
「おっと、ごあいさつが遅れちゃったかな。
オレの名前は、クロウって言うの。一応ナンバーワンやらしてもらってるよ。
気軽にクロって呼んでくれていいからね」
なんて言いながら、クロウと名乗ったこのナンバーワンはあたしの座るソファの隣に腰掛けた。
全身真っ黒なスタイルで名前もクロウなんて。
見た目も若々しいし、20代も初め?
軽い感じもするんだけど、でもその軽さが話しやすかったりするんだろうな。
「さぁ、何か美味しいものを一緒に飲もうよ。
あ そうだ、名前教えてよ。なんて言うの?」
「あたしは、ゆ…」
悠里 と言いかけて、止めた。
どうせ向こうは源氏名で話してんだし、何もこっちだけ本名で呼ばれる必要ないかもね。
「…愛よ。
あたしは愛って言うの」
「愛ちゃんか!
よく似合ってるかわいい名前だねぇ」
似合ってるだなんて心にもない。
きっと何て答えても、同じ言葉が返ってきたんでしょうよ。
あたしは顔写真の並ぶ細い通路を通った先にある入り口のドアを、ゆっくりと開けた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー!」
ドアを開けた途端、スーツに身を包んだ男が2人、片膝をついて出迎えた。
ネクタイもしっかり締めてあり、恐らくきっと20代初めくらいなんだろうけど、中年オヤジばかり相手にしているあたしからすれば純真無垢な男の子って感じに見えた。
お店に入ったばかりのお客に対していきなりこんな接待から始めた事に、正直驚いた。
「さぁ、どうぞこちらに」
若いホストはまるで絵本に出てくる王子様のように手を引くと、あたしを奥のテーブルへと誘った。
お店の中は思ったより広く、大半が大きなソファの並ぶテーブル席で占められていて、天井にはお店の中を妖しい色で染めるライトや、それをキラキラ反射させるガラスのシャンデリアなんかがある。
…ふぅん。
お客の対象が女だけあって、女ウケするようなオシャレな造りにはなっている。
若いホストに案内された席に着くと、何人かのホストがあたしのまわりにズラズラっと現れた。
「初めましてかな?
ようこそ」
「へぇ。
こういう所、初めて?」
「緊張してる?
肩の力、抜いてね」
まるでカモが来たと言わんばかりの集まり方。
これはもしや、自分の固定客にしようという作戦なんだろう。
こういうお店では、お客の数ほど自分の売り上げとして返ってくるんだものね。
でも初めてのお客を自分のものにしようとしているって事は、きっとこの目の前にいるホストはランクの低い人たちなんだろうな。
「悪いけど、あたしはこのお店のナンバーワンを指名したいの。
呼んでもらえるかしら」
どうせお金を払うなら、価値のある事に使いたい。
通うわけじゃないんだもの。ちょっと遊びに来ただけなんだから、しっかり楽しませてもらわないとね。
お店の入り口には、ここのホストたちの顔写真があったのは見たけれど。あんまり深く考えないで入っちゃったから、どんな男がいるのかはよく見ていなかった。
多分、ナンバーワンからナンバースリーくらいは大きな写真で飾ってあっただろうな。
あたしがここのナンバーワンを指名してからものの数分後。
ようやく他のお客から解放されたのだろう、そのナンバーワンホストはあたしの前に現れた。
「オレを指名してくれたのは、キミかい?」
声がしたので顔を上げて見ると、真っ黒な髪に真っ黒なシャツに靴と、全身を真っ黒に染めた若い男があたしの方をギラギラした目で見ていた。
さっきのウエルカムホストと違ってネクタイなんかは締めておらず、ボタンは外してラフな格好をしている。
そしてそんなはだけた胸元からは金のネックレスも覗いていて、そんな所からもランクの低いホストとの違いが何となく見て取れた。
「あなたが…ここのナンバーワンホスト?」
「おっと、ごあいさつが遅れちゃったかな。
オレの名前は、クロウって言うの。一応ナンバーワンやらしてもらってるよ。
気軽にクロって呼んでくれていいからね」
なんて言いながら、クロウと名乗ったこのナンバーワンはあたしの座るソファの隣に腰掛けた。
全身真っ黒なスタイルで名前もクロウなんて。
見た目も若々しいし、20代も初め?
軽い感じもするんだけど、でもその軽さが話しやすかったりするんだろうな。
「さぁ、何か美味しいものを一緒に飲もうよ。
あ そうだ、名前教えてよ。なんて言うの?」
「あたしは、ゆ…」
悠里 と言いかけて、止めた。
どうせ向こうは源氏名で話してんだし、何もこっちだけ本名で呼ばれる必要ないかもね。
「…愛よ。
あたしは愛って言うの」
「愛ちゃんか!
よく似合ってるかわいい名前だねぇ」
似合ってるだなんて心にもない。
きっと何て答えても、同じ言葉が返ってきたんでしょうよ。
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