保健室の先生

むらさ樹

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保健室の

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3階の保健室の窓から見えるのは


青い空の下で、バスケやサッカーをしている生徒。


その左手には、キラキラ水が反射しているプール。




そして聞こえてくるのは、窓越しでも耳に障るセミの鳴き声。





もうすぐ夏休み。


外は暑そう。

でもエアコンの効いたこの保健室では、身体はさわやか快適。



…でも心は、いつもジメジメしてる。







キーン コーン……



昼休みの終わるチャイムが鳴った。

あと5分で、5時間目の授業が始まる時間だ。



あたしは「ふ…」と小さく鼻でため息をつくと、窓の向こうの生徒たちが校舎に入っていく様子から目をそらした。


みんな午後からの授業に備えて、教室に戻っていくんだ。


うちのクラスの5時間目の授業って、何だったっけかな。


まぁいいや。
あたしには関係ないし。



あたしは保健室の窓から離れると、保健の先生のいる机の方へと向かった。





「セーンセ、何してんの?」


「おいおい、何してんのは僕の台詞だよ。
昼休み終わったんだから、教室に戻りな」



なんて言いながらマグカップにコーヒーを注いでる彼こそが、うちの学校の保健室の先生。


いいなぁ。保健室の先生って、授業もないから、こうしてゆっくりコーヒー飲んだりできるんだから。



「センセ、あたしにもコーヒーちょうだい。
お砂糖もミルクもいっぱいの、あまーいヤツね」


「…仕方ないなぁ。
じゃあ、僕のを先にあげるよ」


「やったね!
センセー大好き」



先生の持つマグにお砂糖とミルクを追加してもらうと、あたしは喜んで受け取った。




「それ飲んだら、教室に戻るんだよ」

「やだぁ。
センセーと、ここにいるー」



…いつの頃からだったかな。

あたしはだんだんと授業に出ないようになって、学校をこの保健室で過ごす日が増えてきた。



初めは、本当に具合悪くて。


でも最近は授業も意味わかんないし、休み時間に話す友だちもいないし。

その時間をつぶす間が何だかツラくて、わざと具合悪いフリをして保健室に行ったんだ。


あたし女子だもん、生理痛とか適当に言えば、ごまかせるもんね。

だってうちの学校の保健の先生って、男なんだからさ。



でも今は…
ちょっぴり冴えない感じだけど、一緒にいると居心地よくて、先生と居たいから保健室に来てるんだ…。


エアコンの一番届く奥のベッドに腰掛けると、ゆっくりコーヒーをすする。

今日も病気で来てる生徒もいないし、ベッド占領しちゃうぞ。




「あちちっ
てゆーか、夏なのにこんな熱いコーヒーなんて、センセーってば相変わらずっ」



このちょっと変わってるところも、今じゃあ好きでたまんない。

先生、あたしの気持ちに気付いてくれないかなぁ。







「………あれ?」



エアコンで涼みながらコーヒーを飲んでいたけれど、先生の姿が見えない事に気が付いた。


保健室の外には出てないとは思うんだけど、それにしても声も聞こえない。

ひとりでコーヒーでも飲んでるのかなぁ?




あたしは一口しか飲めなかったコーヒーを持ったまま、ベッドからおりて先生を探した。



「……なんだ、いるじゃん」



あたしは先生専用の机にコーヒーを置き、そこのイスに座ってる先生の顔を覗きこんだ。




「…………センセ?」



頬を支えてる手は肘を着き、黒い前髪のかかっている顔は下を向いていて。


だけど先生の目は閉じていて、思った以上に長いまつげがドキンとさせたの。




「寝てるの…?」


スゥスゥと、静かな寝息さえも聞こえてくる先生に、思わず力が抜けそうになっちゃう。

あたしには「教室に戻れ」なんて言っておきながら、自分は保健室でうたた寝ぶっこいてるんだから。





「もぉ、センセーったら。
キスしちゃうぞー」



なんて言って、自分でドキンとした。


今だったら、本当にできるかもしれない。

そう思ったから。


「せんせ…」



あたしは眠ってる先生の唇に吸い寄せられるように、自分の唇を重ねたの。





先生、好き………。

クラスじゃ空気読めなくて浮いてるあたしを、ここに居させてくれた。

何だかんだ言って、生徒のあたしにコーヒーまでごちそうしてくれた。



先生はあたしにとって、すごくすごく必要な人なの。

だから、これからもずっと先生の側に居させてね…。








「…なに、してるんだい?」


「___________っ」



そんな声にビクッとして、重ねた唇をハッと離した。

先生、起きちゃったんだ!




肘を着いてのせてる顔は、あたしの方を向いている。

目も、その瞳にはあたしの姿が映っていた。



じゃあ、あたしが先生にキスしたの、バレてる……?



「やだぁ、センセー。もしかして、センセーのファーストキス奪っちゃった?」



こうなったら、おどけてごまかしちゃえ。

先生の事だもん。いつもみたいに「もう、仕方ないなぁ」って、許してくれるよ。


てゆーか、先生とキスしちゃった。
今日は一日ハッピーだよぉん。





「……大人をからかって、楽しいかい?」



「え…………?」



いつもと違う声色に、驚いた。

どうしたんだろう。大人をだなんて、先生そんな事今まで言ったりしなかったのに。




「なめてもらっちゃあ困るな。
そういう君は、キスがどんなものか知っているのか?」


「センセ?
やだ、どうしちゃったの?……ぁっ」


急にイスから立ち上がった先生は、あたしの両腕を掴んだ。



そのまま顔を近付けてグッと唇を押し当てられると、強引に舌をねじ込んできた。



「んっ、んふ……っ」



口の中で先生の舌があたしの舌を追いかけ、絡み合う。

唇は何度も吸われてはついばみ、あたしは息をする事も忘れそうになるくらい苦しさにもがいていたの。




「んんーっ、んっ……っ」



ドクドクドク…

心臓が早鐘のように鳴っては、顔も熱く火照ってくる。



なに、これ。
まるで、先生じゃないみたいだよっ






____ピタリ


ギュッと目を瞑り、すっかりまな板の上の鯉になってたあたしだったけれど、ふと先生の動きがウソのように止まった。



「………ごめんよ。
もうしないから、安心して」



「先生……?」



目を開けて恐る恐る先生の方を見ると、いつもの冴えない顔の先生に戻っていた。


先生はベッドからおりると、そっとあたしの身体を起こして、乱れてしまったあたしの髪を優しく撫でて整えてくれた。




「怖がらせちゃったね。
でも、知っておいてほしかったんだよ。
悪ふざけで、あんな事しちゃいけないって」



あんな事…。
あたしが、寝てる先生の唇に勝手にキスしちゃった事だ。




「そういう事は、好きな人とだけにしようね。
僕じゃなかったら、最後まで襲われ…」

「何よ!
先生だって同じじゃない!!」



悔しくって、悲しくって、何だか涙がにじんできた。


あたしは先生の事、好きなのに。
悪ふざけでだなんて、そんなつもりじゃないのに。




「先生だって、好きでもないのにあんな激しいキスするなんて、卑怯じゃない!!
あたしは、悪ふざけなんて……」

「僕は、好きでもない人にキスなんてしないよ」



「え…………?」



涙で視界がぼやけてて、先生の表情がよくわからないの。


でも確かに聞こえた、先生の言葉。





「あ…あたしだって、好きでもない人にキスなんてしないもんっ
先生、だけだもん!」




ドキン ドキン…

ゆっくりだけど、心臓が大きく鳴り響いてるの。


だって、なかなか伝わらなくてもどかしかった気持ちが、ようやく繋がろうとしているのだから。



「さぁ、涙を拭いたら、教室に戻ろうね」


「やだっ、先生もう一回キスして」



「ダメだよ。
君が教室に戻ってくれるって言ってくれないとね」



「えーっ
どうしてー?」



ドキドキが、止まらない。

先生気持ちを早く確認したくてソワソワするのに、先生はまだ教室に戻れとかそんな事を言うの。


先生がさっき言った事が本当なら、早くもう一度キスをしたいよ…っ





「君にはちゃんと卒業をしてほしいんだよ。
君の為にも、…僕の為にも」


「せ 先生…っ?///
わ わかった、教室戻る!」


「また休憩時間になったら、会いにおいで。
……もう一度、キスしようか」


「うん!」




“会いにおいで”



あたしは、すぐに保健室を出て教室に向かった。


あたし、先生の言葉、信じるからね!!
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