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6: それから、そのあと
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ある日の午後。
うららかな昼下がりにふさわしく、サンルームでお茶を楽しんでいたご婦人方が声をひそめて、最新の噂話を楽しんでいた。
「お聞きになりまして?カッターソン商会の令嬢が亡くなったこと」
「ええ。おかわいそうに。自殺だったのでしょう? それは罪深いことですけど、幼いころから慕ってきた婚約者に捨てられたんですもの。女として、気持ちはわかりますわ」
「本当にお気の毒ですこと。しかも婚約者であるハースター商会の令息は、妹の家庭教師と恋仲で、彼女と結婚するつもりだったんですって! カッターソン商会の令嬢に婚約破棄を告げるときも、家庭教師を同伴させていたそうよ」
「なんてこと……! 家庭教師なんてレディと呼ばれてはいても、使用人みたいなものだというのに。きちんとしたお家の令嬢との婚約を破棄して、使用人と結婚するなんて。常識がないのにもほどがありますわ」
「おまけに彼の妹まで、家庭教師の肩を持ったとか。まだ幼くさえあるお年頃とはいえ、兄妹そろって非常識ですこと。……まぁ、家の子息と恋仲になって、まっとうな未来を破壊するような家庭教師をつけられていたのでは、仕方ないかもしれませんけど」
「ええ。パソン侯爵家やラルラ伯爵家がハースター商会の出入りを禁じたと聞いたときは驚きましたけど……。それじゃぁ、仕方がないことですわよね」
「グラニキ伯爵家でも、出入り禁止にしたそうですわよ。あそこの奥様は、カッターソン商会の令嬢がお気に入りでしたから」
「バルセナ男爵家や、エガス子爵家も、同じくですって。まぁまともな家なら、そのような非常識な子供がいる商会とは付き合いませんわよね。ハースター商会の絹は素敵でしたけど、なりかわりたい商人は世界中にいくらでもいるんですもの。ハースター商会がつぶれてしまっても、仕方がないことですわ」
「その家庭教師も、いたたまれなかったんでしょうね。ひとりで実家に帰ろうとしたんですって。残念ながら、途中で暴漢に襲われて、亡くなったそうですけど」
「まぁ、怖い。……誰に雇われた暴漢なのか、気になりますわね。せめてハースター商会が手配したのでしたら、あの商会もつぶれることはないかもしれませんが」
「でも、その令息は早々に放逐され、妹も田舎の老人に援助とひきかえに嫁がされたそうですわよ。どちらにしても、あの家の人間が継ぐことはなかったでしょう」
「愚かな子供を持って、少しお気の毒なようですわ。商会長ご夫妻は後始末のために、家も財も信用も、愛娘を売るようにして嫁がせて得た援助金までも失って、今はどこでどうされているのやら。……でも、それが親の責任なのかしら。そもそも、家にそのような家庭教師をひきいれたのも、ご両親ですものね。そういう意味では、子どもたちのほうが被害者だといえるのかもしれませんわ」
「うちの子どもたちはだいじょうぶだと信じたいけれど、若者の心は惑わされやすいもの。まともな子どもでも、すこし選択を誤れば、こうして一家に破滅を招くことになりかねませんわ。そう思うと、すこし怖いですわよね」
女たちは、恐ろしそうに眉をひそめながら、けれど楽し気に笑いあう。
「だけど」
レースが美しい扇子を持ったご婦人が、さらに声をひそめて、言った。
「大きな声では言えませんけど、すこし感謝もしていますの。わたくしの夫も、最近お気に入りの女優がいたみたいですけど、すっかり彼女とは遠ざかったみたいなんですもの」
「わたくしの夫もですわ。うちなんて、メイドに手を出していたみたいなんです。すこし状況が似ているでしょう?同じような災厄が降りかかってはたいへんだと、あわててメイドに暇をやっていましたわ」
「災厄、ね……。一方は浮気され婚約破棄され、自殺。もう一方は継ぐはずだった自分の家の商会をつぶし、自身は放逐され生死も定かではなくなって、家族まで破滅。確かに災厄といえなくはないですけれど……。令嬢が自殺なさったのは、『あの駅』なんでしょう?」
小さな小さな声で、ひとりの夫人が囁いた。
それは、この場にいた誰もが考えていたことだった。
むかしから、彼女たちの間で時折話題になる『あの駅』……。
最近では語られることもなくなっていたのだが、また『あの駅』で令嬢が亡くなった。
「わたくしの母が若いころにも、同じようなことがあったのですって。だから母の世代の男性は、みんな愛妻家が多いとか。……その時も、以前も似たような事件があったからと、あの駅はとりこわそうといわれたそうですけど」
「……確かに、あの駅は不便な場所にありますわね。取り壊して別の場所に新しい駅をという意見が出るのも仕方ありませんわ。……でも。痛ましい事件があったからこそ、彼女たちへの哀悼の意を示すためにも、あの駅は残しておくのがいいんじゃないかしら」
「そうですわよね。わたくし、夫にお願いしますわ」
「あら心強い。鉄道株を多く持っていらっしゃるあなたの旦那様なら、影響は大きいでしょう。わたくしも、旦那様にお願いするわ。……女優の件をほのめかしながら」
「それなら、わたくしもお願いしてみようかしら。メイドの名前をだしながら」
「そうね。今回の件では、亡くなった令嬢はとてもお気の毒だと思うけれど。でも、彼女の死は、彼女を絶望に追い込んだ敵を破滅に追い込んだんだもの。悪いことをすれば、天罰があたる。それが本当なら、とても素敵なことよね? あの駅が、そんな場所なら。取り壊すなんてとんでもないことだわ……」
うららかな昼下がりにふさわしく、サンルームでお茶を楽しんでいたご婦人方が声をひそめて、最新の噂話を楽しんでいた。
「お聞きになりまして?カッターソン商会の令嬢が亡くなったこと」
「ええ。おかわいそうに。自殺だったのでしょう? それは罪深いことですけど、幼いころから慕ってきた婚約者に捨てられたんですもの。女として、気持ちはわかりますわ」
「本当にお気の毒ですこと。しかも婚約者であるハースター商会の令息は、妹の家庭教師と恋仲で、彼女と結婚するつもりだったんですって! カッターソン商会の令嬢に婚約破棄を告げるときも、家庭教師を同伴させていたそうよ」
「なんてこと……! 家庭教師なんてレディと呼ばれてはいても、使用人みたいなものだというのに。きちんとしたお家の令嬢との婚約を破棄して、使用人と結婚するなんて。常識がないのにもほどがありますわ」
「おまけに彼の妹まで、家庭教師の肩を持ったとか。まだ幼くさえあるお年頃とはいえ、兄妹そろって非常識ですこと。……まぁ、家の子息と恋仲になって、まっとうな未来を破壊するような家庭教師をつけられていたのでは、仕方ないかもしれませんけど」
「ええ。パソン侯爵家やラルラ伯爵家がハースター商会の出入りを禁じたと聞いたときは驚きましたけど……。それじゃぁ、仕方がないことですわよね」
「グラニキ伯爵家でも、出入り禁止にしたそうですわよ。あそこの奥様は、カッターソン商会の令嬢がお気に入りでしたから」
「バルセナ男爵家や、エガス子爵家も、同じくですって。まぁまともな家なら、そのような非常識な子供がいる商会とは付き合いませんわよね。ハースター商会の絹は素敵でしたけど、なりかわりたい商人は世界中にいくらでもいるんですもの。ハースター商会がつぶれてしまっても、仕方がないことですわ」
「その家庭教師も、いたたまれなかったんでしょうね。ひとりで実家に帰ろうとしたんですって。残念ながら、途中で暴漢に襲われて、亡くなったそうですけど」
「まぁ、怖い。……誰に雇われた暴漢なのか、気になりますわね。せめてハースター商会が手配したのでしたら、あの商会もつぶれることはないかもしれませんが」
「でも、その令息は早々に放逐され、妹も田舎の老人に援助とひきかえに嫁がされたそうですわよ。どちらにしても、あの家の人間が継ぐことはなかったでしょう」
「愚かな子供を持って、少しお気の毒なようですわ。商会長ご夫妻は後始末のために、家も財も信用も、愛娘を売るようにして嫁がせて得た援助金までも失って、今はどこでどうされているのやら。……でも、それが親の責任なのかしら。そもそも、家にそのような家庭教師をひきいれたのも、ご両親ですものね。そういう意味では、子どもたちのほうが被害者だといえるのかもしれませんわ」
「うちの子どもたちはだいじょうぶだと信じたいけれど、若者の心は惑わされやすいもの。まともな子どもでも、すこし選択を誤れば、こうして一家に破滅を招くことになりかねませんわ。そう思うと、すこし怖いですわよね」
女たちは、恐ろしそうに眉をひそめながら、けれど楽し気に笑いあう。
「だけど」
レースが美しい扇子を持ったご婦人が、さらに声をひそめて、言った。
「大きな声では言えませんけど、すこし感謝もしていますの。わたくしの夫も、最近お気に入りの女優がいたみたいですけど、すっかり彼女とは遠ざかったみたいなんですもの」
「わたくしの夫もですわ。うちなんて、メイドに手を出していたみたいなんです。すこし状況が似ているでしょう?同じような災厄が降りかかってはたいへんだと、あわててメイドに暇をやっていましたわ」
「災厄、ね……。一方は浮気され婚約破棄され、自殺。もう一方は継ぐはずだった自分の家の商会をつぶし、自身は放逐され生死も定かではなくなって、家族まで破滅。確かに災厄といえなくはないですけれど……。令嬢が自殺なさったのは、『あの駅』なんでしょう?」
小さな小さな声で、ひとりの夫人が囁いた。
それは、この場にいた誰もが考えていたことだった。
むかしから、彼女たちの間で時折話題になる『あの駅』……。
最近では語られることもなくなっていたのだが、また『あの駅』で令嬢が亡くなった。
「わたくしの母が若いころにも、同じようなことがあったのですって。だから母の世代の男性は、みんな愛妻家が多いとか。……その時も、以前も似たような事件があったからと、あの駅はとりこわそうといわれたそうですけど」
「……確かに、あの駅は不便な場所にありますわね。取り壊して別の場所に新しい駅をという意見が出るのも仕方ありませんわ。……でも。痛ましい事件があったからこそ、彼女たちへの哀悼の意を示すためにも、あの駅は残しておくのがいいんじゃないかしら」
「そうですわよね。わたくし、夫にお願いしますわ」
「あら心強い。鉄道株を多く持っていらっしゃるあなたの旦那様なら、影響は大きいでしょう。わたくしも、旦那様にお願いするわ。……女優の件をほのめかしながら」
「それなら、わたくしもお願いしてみようかしら。メイドの名前をだしながら」
「そうね。今回の件では、亡くなった令嬢はとてもお気の毒だと思うけれど。でも、彼女の死は、彼女を絶望に追い込んだ敵を破滅に追い込んだんだもの。悪いことをすれば、天罰があたる。それが本当なら、とても素敵なことよね? あの駅が、そんな場所なら。取り壊すなんてとんでもないことだわ……」
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