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いつのまに、わたくしの牙は鈍ったのかしら。でも悪い気分じゃない、なんて?-1 (ロゼッタ)

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 まるで、誰かが描いたシナリオがあるかのよう。
女性たちばかりのホールの中は、いつのまにかクレイン王子とリィリィの恋の話でもちきりだ。
すくなくともここにいる夫人や令嬢たちは、王子とリィリィの恋を後押しする方向で一致団結していた。

 ロゼッタは、誰かが自分の存在に気づかないように壁際にそっと移動した。
セーゲルは、そんなロゼッタの前に立って、ロゼッタの姿を隠してくれる。

「にぎやかなものだな」

 セーゲルは、顔を寄せ合ってはなしこむ女性たちの姿を見て、皮肉気に笑う。
ロゼッタは視線をあげ、セーゲルの横顔の、つめたく光る灰褐色の目をみた瞬間。

 ふいに、悟った。
このシナリオを描いたのが、誰なのかを。

 頭の中で、バラバラだった不審のかけらがひとつの絵を描いていく。

 ノックもなく部屋に入ってきて、ロゼッタが出て行くように言ってもきかなかったセーゲル。
パーティの前に、とつぜんクレイン王子との婚約に不満がないか尋ねてきた母。
セーゲルが部屋に薔薇を届けたとき、ふだんはおちついている彼の従僕が大声をあげたこと。
パーティに参加するための身支度はとっくに出来上がっていたはずなのに、遅刻寸前まで姿を見せなかったセーゲル。

 そして、なにより。
ガラスの天井から、ガラスを破ってホールの人込みの中にいるリィリィとクレイン王子を的確に狙うほど実力のある射手が、結局はリィリィにかすり傷を負わせただけで逃走したこと。
 あの小柄な射手の身のこなしは、ローゼンタール公爵家の汚れ仕事をする者のひとりにそっくりだったことに、ロゼッタは遅まきながら、気がついた。

「セーゲル」

 ロゼッタは、しずかに義兄の名を呼んだ。
呼びかけに応えてロゼッタへと顔を向けたセーゲルの表情は、穏やかで、凪いでいる。

 けれど瞳の奥に、熾火のようにともっている火を、ロゼッタは見逃さなかった。
穏やかな笑みの下に隠された、自分の欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れようとする苛烈で傲慢で、慕わしい激情。
 その火は、いま、なにをなそうとしているのか。

(あの射手は、あなたが用意したの?)

 いちばんの問いを、ロゼッタは口にしなかった。
口にせずとも、確証を得ていた。

 おそらく、ロゼッタのメイドたちの中にも、セーゲルの手のものがいるのだ。
 その者は、おそらくロゼッタが毒物を手に入れたこと、ロゼッタの手の者と実験を重ねていることをセーゲルに伝えたのだろう。
 ロゼッタのメイドであれば、リィリィにも近づきやすい。
リィリィの日記の内容も、セーゲルに伝わっている可能性も高い。

 それらの情報を得たセーゲルは、ロゼッタが実家に戻ったのは、その毒を飲むためだと気づいたのだろう。
そこでセーゲルは、仮死毒を探すためか、メイドに連絡をとるためかはわからないが、ロゼッタの部屋を訪れ、確証を得たのだと思う。
 その後は、母にロゼッタが結婚を不安がっていたとでも言って呼び出させ、ロゼッタが部屋を留守にしている間に仮死毒を確認。
 射手を手配し、この「お芝居」を作り出したのだろう。
 もしかすると王子がロゼッタよりも先に会場にいたのも、王子の側仕えたちが王子とリィリィを引き合わせていたのも、セーゲルのたくらみなのかもしれない。

 いや、それだけではない。
この会場で華やかに笑いながらリィリィとクレイン王子の恋を応援している女性たちの中にも、セーゲルの意向のままに動いている者がいるはずだ。
 それは、王子の側仕えなのかもしれない。
彼女たちは蝶のようにあちこちをまわって、王子の恋を応援する雰囲気をつくりだしていた。

(あぁ、もう……! こうして後になって考えれば、理解はできるのに。完全に、セーゲルのほうが上手ですね。あんな短時間で、この仕上げ。ふだんから、あちこちに自分の手のものをおいているのでしょうね)
 
 ロゼッタは、自分を腹の底から嘲笑したかった。

 前世での血塗られた記憶があるので、自分は奸智に長けた娘のつもりだった。
ふつうの令嬢とは違うと思っていた。

 ところが、穏やかな今世を生きるうち、すっかりその刃は鈍っていたらしい。
自分の手元にいる侍女がセーゲルの手の者であることすら、気づかなかったなんて。
 これで奸智に長けているつもりだったとは、お笑い草だ。
とても恥ずかしい。

 けれど、同時に、とても心が弾んでいる。
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