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パーティが始まりました。さっそく事件です。-1(ロゼッタ)
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母との話は、すっかり長引いた。
出かけなくてはならない時間ぎりぎりに、ロゼッタは自室へ戻る。
「あら……」
部屋に飾られた見覚えのない薔薇に目をとめて、ロゼッタは侍女に尋ねた。
「薔薇を飾ってくれたのは、あなたかしら。とても綺麗。それに香りもいいわね」
「こちらは、セーゲル様からです。庭に咲いている薔薇がとても綺麗だったので、ロゼッタ様にお届けしたいとおっしゃって、ご自身でお届けくださいました」
「セーゲルが……?」
ロゼッタはちらりと部屋に視線をめぐらせる。
部屋の中に、変わった様子は見当たらない。
セーゲルは、むかしからロゼッタにささやかで、でも嬉しくなるような贈り物をくれる。
おいしい飴や、綺麗なお花、ちいさなガラス細工など、気軽に受け取れるロゼッタが好きなものを、折にふれて贈ってくれた。
だから、今日も薔薇を贈ってくれたことは不思議ではない。
薔薇は、ロゼッタが好きなあわいピンクと白の大輪の八重のものがたくさん花瓶にいけられており、見ただけでかわいらしさに顔がほころぶ。
あまい薫りも、ロゼッタの好みだ。
けれど、先ほどの、いまだ。
ほんとうにセーゲルは薔薇を届けてくれただけなのだろうか。
「そうだったの。とても綺麗で、嬉しくなってしまうわ。セーゲルに御礼を言わないと。……それにしても、たくさんのお花ね。セーゲルが持ってきてくれたっていうけれど、彼はひとりだったの? 侍従が一緒だったのかしら?」
「秘書の方はご一緒でしたけれど、花束はセーゲル様がお持ちでしたわ。それに花瓶もお持ちいただいたのですよ。こちらは侍従が運んできました。そういえば、部屋に入る前に、侍従が手を滑らせて、花瓶を落としそうになったのです。もちろん落としたりはしませんでしたけれど、大きな声で叫んだので、驚きました」
「侍従が、叫んだの?」
「はい。もちろん、一言『うわっ』というような声をあげただけですが」
「セーゲルの侍従は、セーゲルの生家からついてきた人よね。いつもセーゲルについている落ち着いた壮年の男性でしょう?」
「はい。いつもは落ち着いた方ですから、彼が大声をあげたことに驚きました。けれどメイドたちの話を聞くと、彼はときどきうっかりしたことをするそうです。もちろんふだんは有能な方ですが」
「そうなの……」
ロゼッタは、薔薇の香りを楽しむふりをしながら、薔薇や花瓶になにかしかけられていないか確認する。
ロゼッタの侍女は、公爵家に仕える侍女で、ロゼッタの手の者ではない。
公爵令嬢として必要があれば、父に相談しながら公爵家の影の者も使うことがあるロゼッタだが、表の使用人たちの前では、そのような面はあまり見せないようにしていた。
だから侍女に、セーゲルの言動について根掘り葉掘り聞くわけにもいかず、薔薇や花瓶をひっくり返して調べるわけにもいかない。
けれど、セーゲルの行動は、注意しなくてはいけないようだ。
ふだんは落ち着いている侍従が、きゅうに花瓶を落としそうになったなんて、人の注目をそちらに集める演技の可能性が高い。
とはいえ、そのいっしゅんで、机の引き出しの中の隠し扉に気づいて、そこに隠した仮死毒を取り出すのは不可能だろう。
「あまくて、うっとりするような香りの薔薇ね。ずっとこうしていたくなるけれど、そろそろパーティに行かなくてはいけない時間だわ。……なんだかすこし、肌寒い気がするの。薄手のストールを持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
侍女がストールを取りに行った隙に、ロゼッタは机の引き出しを開けて、隠し扉から仮死毒を取り出す。
仮死毒は、瓶にたっぷり入っていた。
先ほどまでと変わりはないようだ。
セーゲルがなにを疑っていようと、この毒に気づかれてはいないようだ。
ロゼッタは胸をなでおろし、ドレスの隠しポケットに仮死毒を滑り込ませる。
「ロゼッタ様。いくつかストールをお持ちいたしました。どちらをお召しになりますか?」
「そうね……」
ロゼッタは、黒のレースのものと、ドレスよりもすこし明るい青のシルクのストールを示す。
姿見の前で、侍女はロゼッタの肩にかわるがわるストールを合わせた。
「こちらにするわ」
ロゼッタは、青のストールを選び、さらりと肩にはおった。
「お美しいです、ロゼッタ様」
「ありがとう」
「ですが、もしまだお寒いようでしたら、もう少しあたたかなストールもご用意できあますが」
侍女は、ロゼッタの体を気遣って、申し出てくれる。
ロゼッタは、ふわりと笑って、「だいじょうぶよ」と応えた。
「ほんとうに具合が悪いわけではないのよ」
「はい」
ロゼッタが安心させるように言うと、侍女は心得たとばかりにほほ笑む。
けれど、その目は、ロゼッタを心配しているように見えた。
きっとロゼッタの心の迷いが、いつものロゼッタと違うように見せているのだろう。
「ほんとうに、だいじょうぶなのよ」
ロゼッタは念を押すように言った。
けれど、侍女は心配そうな色を拭いさることはなかった。
出かけなくてはならない時間ぎりぎりに、ロゼッタは自室へ戻る。
「あら……」
部屋に飾られた見覚えのない薔薇に目をとめて、ロゼッタは侍女に尋ねた。
「薔薇を飾ってくれたのは、あなたかしら。とても綺麗。それに香りもいいわね」
「こちらは、セーゲル様からです。庭に咲いている薔薇がとても綺麗だったので、ロゼッタ様にお届けしたいとおっしゃって、ご自身でお届けくださいました」
「セーゲルが……?」
ロゼッタはちらりと部屋に視線をめぐらせる。
部屋の中に、変わった様子は見当たらない。
セーゲルは、むかしからロゼッタにささやかで、でも嬉しくなるような贈り物をくれる。
おいしい飴や、綺麗なお花、ちいさなガラス細工など、気軽に受け取れるロゼッタが好きなものを、折にふれて贈ってくれた。
だから、今日も薔薇を贈ってくれたことは不思議ではない。
薔薇は、ロゼッタが好きなあわいピンクと白の大輪の八重のものがたくさん花瓶にいけられており、見ただけでかわいらしさに顔がほころぶ。
あまい薫りも、ロゼッタの好みだ。
けれど、先ほどの、いまだ。
ほんとうにセーゲルは薔薇を届けてくれただけなのだろうか。
「そうだったの。とても綺麗で、嬉しくなってしまうわ。セーゲルに御礼を言わないと。……それにしても、たくさんのお花ね。セーゲルが持ってきてくれたっていうけれど、彼はひとりだったの? 侍従が一緒だったのかしら?」
「秘書の方はご一緒でしたけれど、花束はセーゲル様がお持ちでしたわ。それに花瓶もお持ちいただいたのですよ。こちらは侍従が運んできました。そういえば、部屋に入る前に、侍従が手を滑らせて、花瓶を落としそうになったのです。もちろん落としたりはしませんでしたけれど、大きな声で叫んだので、驚きました」
「侍従が、叫んだの?」
「はい。もちろん、一言『うわっ』というような声をあげただけですが」
「セーゲルの侍従は、セーゲルの生家からついてきた人よね。いつもセーゲルについている落ち着いた壮年の男性でしょう?」
「はい。いつもは落ち着いた方ですから、彼が大声をあげたことに驚きました。けれどメイドたちの話を聞くと、彼はときどきうっかりしたことをするそうです。もちろんふだんは有能な方ですが」
「そうなの……」
ロゼッタは、薔薇の香りを楽しむふりをしながら、薔薇や花瓶になにかしかけられていないか確認する。
ロゼッタの侍女は、公爵家に仕える侍女で、ロゼッタの手の者ではない。
公爵令嬢として必要があれば、父に相談しながら公爵家の影の者も使うことがあるロゼッタだが、表の使用人たちの前では、そのような面はあまり見せないようにしていた。
だから侍女に、セーゲルの言動について根掘り葉掘り聞くわけにもいかず、薔薇や花瓶をひっくり返して調べるわけにもいかない。
けれど、セーゲルの行動は、注意しなくてはいけないようだ。
ふだんは落ち着いている侍従が、きゅうに花瓶を落としそうになったなんて、人の注目をそちらに集める演技の可能性が高い。
とはいえ、そのいっしゅんで、机の引き出しの中の隠し扉に気づいて、そこに隠した仮死毒を取り出すのは不可能だろう。
「あまくて、うっとりするような香りの薔薇ね。ずっとこうしていたくなるけれど、そろそろパーティに行かなくてはいけない時間だわ。……なんだかすこし、肌寒い気がするの。薄手のストールを持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
侍女がストールを取りに行った隙に、ロゼッタは机の引き出しを開けて、隠し扉から仮死毒を取り出す。
仮死毒は、瓶にたっぷり入っていた。
先ほどまでと変わりはないようだ。
セーゲルがなにを疑っていようと、この毒に気づかれてはいないようだ。
ロゼッタは胸をなでおろし、ドレスの隠しポケットに仮死毒を滑り込ませる。
「ロゼッタ様。いくつかストールをお持ちいたしました。どちらをお召しになりますか?」
「そうね……」
ロゼッタは、黒のレースのものと、ドレスよりもすこし明るい青のシルクのストールを示す。
姿見の前で、侍女はロゼッタの肩にかわるがわるストールを合わせた。
「こちらにするわ」
ロゼッタは、青のストールを選び、さらりと肩にはおった。
「お美しいです、ロゼッタ様」
「ありがとう」
「ですが、もしまだお寒いようでしたら、もう少しあたたかなストールもご用意できあますが」
侍女は、ロゼッタの体を気遣って、申し出てくれる。
ロゼッタは、ふわりと笑って、「だいじょうぶよ」と応えた。
「ほんとうに具合が悪いわけではないのよ」
「はい」
ロゼッタが安心させるように言うと、侍女は心得たとばかりにほほ笑む。
けれど、その目は、ロゼッタを心配しているように見えた。
きっとロゼッタの心の迷いが、いつものロゼッタと違うように見せているのだろう。
「ほんとうに、だいじょうぶなのよ」
ロゼッタは念を押すように言った。
けれど、侍女は心配そうな色を拭いさることはなかった。
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