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「リーリア・ハッセン……!鼻がっ」

はな?

ユリウス王子が、ご自分の鼻をおさえながらおっしゃる。
わたくしは自分の鼻に手で触れ、ぬるりとした感触をおぼえた。

「あら。鼻血がでてしまったみたいですわね」

失礼しますと断って、わたくしは王子に背をむけた。

幼いころは、大人になったら軍人になるつもりだった。
そのため武術等の教育も、今のような体力づくりと護身レベルのものではなく、本格的な戦闘を見据えての特訓を受けさせていただいていた。

そのころ、何度か鼻を折った。
折れた鼻は魔術医が綺麗になおしてくださったけれども、何度目かに鼻を折ったころから、ちょっとした衝撃で鼻血が出るようになってしまった。
繰り返し鼻を折ると、魔術医の能力でも内部まで治りきらず、刺激に弱くなるのだという。

鼻はけっこう折れやすいので、軍部の人間ならば同じような体質の人は多い。
鼻血がでやすい体質になるといっても一時的なもので、長期間、鼻を折らない生活をしていれば、自然に体質も治るという。
わたくしは今でも訓練中に鼻などを折ることが多いので、なかなかこの体質とも別れられないのだけれども。

血がでるというのは、あまり気分がいいものではない。
とはいえ、これは大した問題ではない。

ハッセン公爵家は武門の家なので、使用人たちも慣れたものだ。
お父様のご友人も、軍部の方が多いので、鼻血なんて見慣れている方ばかりだ。
わたくしがひょんなことから鼻血を流しても、苦笑してハンカチを貸してくださるだけだ。

けれども、ふだんわたくしが勤めている文化部では、そうはいかない。
武術の心得がある方や、身内に武術をしている方がいらっしゃる方は慣れていらっしゃるけれども、そうじゃない方も多い。
文化部で働いているときもうっかりと鼻を打って血がでたことは数度あるけれども、今でもわたくしが鼻血をながすと慌てる方も多くいらっしゃる。
彼らは血の量や出血の原因を考慮することなく、血が出ているというだけで、慌ててしまうのだという。

ユリウス王子も、出血沙汰には慣れていらっしゃらないようだ。
背中をむけているのに、王子の慌てた様子がうかがいしれる。

鼻血なんて、痛みもなく、出血も大したことはない。
特殊な病気を併発していない限り、慌てることなどないのだけれども。

わたくしは冷静に胸元からハンカチをとりだし、鼻にあてた。
鼻を覆っていた手を確認するけれども、予想通り、さしたる出血でもない。
次に、目線をずらして、ドレスを確認した。

ユリウス王子がすぐに警告してくださったおかげで、ドレスに汚れはない。
よかった。
さすがに王城を血染めのドレスで歩くわけにはいかないもの。

幸い、鼻血の勢いは弱かった。
もう血は出ていない気がする。

ハンカチをそっと外し、血を確認する。
ほぼ完全に止まっていた。

「すこしお待ちくださいませ」

王子にお断りして、机に置いてある水さしに手を伸ばす。
ハンカチを水でぬらし、鼻のあたりをぬぐった。

これで、よし。
顔にこびりついた鼻血もとれただろう。

同じハンカチで手も清め、再度、鼻に触れてみる。
新しい血は、でていない。

わたくしは身なりをただすと、ユリウス王子に頭をさげた。

「お見苦しいところを、お見せいたしました。もう血は収まりましたので、お話の続きをお願いします」

頭を下げてから、そういえば王子に「謝罪をするな」と言われていたことを思い出す。
けれども、先ほどのことと、これは事情が違う。

王子の目前で鼻血を出し、王子のお話をさえぎってしまったのだ。
謝るのは、当然。
問題はないだろう。

「至らぬことばかりで、申し訳ございません。ですが、王子のお言葉、ありがたく存じます」

ユリウス王子は、わたくしの浅慮な言動をおとがめになった。
けれども、それはお父様への配慮であり、……たぶん、お父様の仕事への信頼でもある。
そのうえで、お父様を案じるわたくしの気持ちをおもんぱかって、心配してくださったのだ。

なのに、わたくしは王子のお言葉をひねくれて受け取ってしまった。
申し訳なくて、けれどもお心を思い知ると、すこし気持ちが救われる。

微笑んで、お礼を言う。
ユリウス王子はかすかに眉をひそめて、わたくしをご覧になった
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