上 下
180 / 190

126

しおりを挟む
シスレイの言葉は、あまりに思いがけないものだった。

「わたくしの想い人がユリウス王子?ええ、もちろん違うけれども……」

わたくしとユリウス王子には、ほとんど面識もない。
同僚であるシスレイも、それは知っているはずだ。

シスレイの言葉の真意をはかりかねて、わたくしは言葉をにごした。

「そもそも、ユリウス王子ともほとんど面識もございませんし」

「それだから、リーリアはリーリアだわって思うわ」

「どういうことですの?」

シスレイの意味ありげなくすくす笑いに、すこし腹がたつ。
わたくしは今、次期王と目されている王子に反感をかっているのではないかと怯えているのに、シスレイのこののんびりした態度はどうだろう。
けれども、この態度もわたくしの緊張をやわらげてくれようとしてのことなのかしら。

シスレイは、もうひとつくすりと笑って、言う。

「面識なんてなくたって、人を想うことはあるでしょう?それに、ユリウス王子は次期王となられる方。年周りもわたくしたちより3歳年上とつり合いもとれますし、華やかで、楽しい方ですもの。お慕いしていても、不思議はないでしょう?」

「そういうものかしら?」

シスレイは力説するけれども、彼女も完全に他人事として語っている。
確かに、ユリウス王子に対する噂は好意的なものが多く、人に愛されている方だと思う。
よい人なのだろう。
見た目も、人をひきつける容姿だと思う。

けれども。
王として、ではなく。
個人の恋愛対象としてかんがえれば、お兄様と比べられるほどの方ではないと思う。

わたくしはお兄様が「リア」と呼ぶ、あの声を思い出した。
わたくしの頬に、髪に、いとおしげに触れてくださるときの、あの目を思い出した。

それだけで、胸がきゅんとする。
せつなく、あまい、うずき。

ユリウス王子のお顔を思い出しても、容姿の整った方だとは思うけれども、心は動かない。
あぁ、お兄様にお会いしたい。
あの手で触れてほしい。

「いいえ、ユリウス王子がどんなに人を引き付けるかたでも、関係ありませんわ。わたくしの想い人は違うかたですもの」

脱線しすぎた話をもどすべく、わたくしがきっぱりいうと、シスレイも「そうね」とうなずいた。
そして、空いたお皿を片付ける。

「長居しすぎたわ。そろそろ戻らないと、ハウアー様に怒られちゃう」

いたずらっぽく笑うシスレイに、わたくしも片づけを手伝いながら、

「ありがとう、シスレイ。お話していたら、すこし気が晴れたわ」

「人目を避けるためとはいえ、こうこもりっきりでは気疲れしますわよね」

シスレイはちいさく何度かうなずいて、トレーを持って扉へとむかう。

「リーリアも、今日は定刻で帰るんでしょう?帰りも、馬車までサポートしますから。ね」

「ありがとう」

なにごともなく、今日が終わればいい。
わたくしはシスレイにお礼を言って、扉をあけた。

そして、わたくしたちは二人して悲鳴をのみこんだ。
扉を開けたすぐ前のところに、渋面のハウアー様と、黒髪青目の美青年……ユリウス王子が立っていた。

どうして?
なぜ、王子がこんなところにいらっしゃるの?

まさに今、噂をしていた王子の登場に、シスレイの顔も青ざめている。
きっとわたくしも、同じような顔をしているだろう。

この部屋は、ふだんシャナル王子がお使いのお部屋だ。
扉の外に、中の会話が漏れ聞こえることなどないとは思うけれど、……心臓がばくばくと鳴る。

慌てて礼をとるわたくしとシスレイに、王子はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「やぁ。休憩は終わりかな?悪いけど、ここで待たせてもらったよ、リーリア・ハッセン」

その興味津々とばかりにわたくしを見つめるユリウス王子の視線に、わたくしは顔をこわばらせた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

処理中です...