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お父様のことやお兄様のこと、シャナル王子のこと。
あちらこちらに思考がとびそうになりながらも、つぎつぎにふられる仕事のおかげで、考え込む間もなく時間がすぎる。

主が不在でも、王子宮は意外に忙しい。
まだ幼いシャナル王子は、あちこちに魔力充をなさったりしているものの、基本的にはいつも王子宮にいらっしゃる。
こんなに長時間、王子が宮を空けられるのは、王子が王城にこられてから初めてのことだそうで、この機会に掃除や整理を徹底的にするらしい。

わたくしは人目につかないようにというハウアー様のご配慮で、奥の部屋にこもって、ひたすら書類や手紙の整理をしていた。
時折ハウアー様が追加の指示を与えにこられたり、シスレイと昼食をとったりするほかは、ほとんど王子宮の人にさえあわないひきこもりっぷりだ。
今はそれが、とてもありがたい。

シャナル王子にあてられた手紙を分類していると、シスレイがトレーを持って現れた。

「お茶の時間よ。ハウアー様が、ここで休憩をとるようにっておっしゃてくださったわ」

「あら。今日のお菓子は、糖蜜のタルトなのね」

「小さくて、かわいいでしょう?これなら貴女も食べやすいんじゃないかと思ったの」

シスレイがテーブルにお茶の用意をしてくれたので、わたくしはポットを手に取り、お茶をいれる。
ふたりでお茶を飲み、小ぶりなタルトを食べる。

「あまいわね」

ひとくちふたくちで食べきれる小さなサイズのタルトを食べて、言う。

正直な気持ちでは、今は食べ物を味わって食べることも難しい。
けれども、朝に馬車で見た夢のおかげなのか、朝食の時よりはずっと食べることが苦痛ではなくなっているのは、昼食の時に気づいていた。

それでも、ふだんどおりの食欲はない。
昼食も、決められた食事をきちんと食べ終えたものの、いつもと違うことはシスレイに気づかれていたのだろう。
わたくしの食べやすそうなものをお茶うけに選んでくれたシスレイの心遣いが嬉しくて、笑みをうかべた。

作為的な笑みでも、笑みは笑みだ。
シスレイも、わたくしの気をもりたてるように「あら」とわざとらしく声をあげる。

「リーリアは、頭を使う仕事をしていたんでしょう?糖分は必要だわ」

「じゃぁ、シスレイにはタルトは必要ないのかしら」

「馬鹿ね。わたくしだって、とっても頭を使って仕事をしていたのよ」

わたくしたちは、目を合わせてくすくす笑った。
シスレイはわたくしの様子に気をつけてくれながら、声を潜めて言う。

「でも、ほんとうに頭は使っていたのよ。こちらの王子宮でも、皆様シャナル王子とリーリアの縁結びをしようと、わたくしにまで情報収集してくるんですもの」

「あら、まぁ。ごめんなさい。けれども、シスレイなら、一方的に情報収集されるばかりじゃないでしょう?」

申し訳なく思いつつも、わたくしは挑戦的に言う。
するとシスレイは目配せをして、わたくしの耳元で囁いた。

「ご明察よ、リーリア。ちなみに一番のニュースはユリウス王子が帰還なさったことと……、王子が貴女にあいたがっていらっしゃるってことよ」
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