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ハウアー 7
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私は、たたみかけるように言う。
「そうです。ですから、今は、とりあえず噂は静観しましょう。何事も今は受け流すべき時期です。噂を否定するにも、時期が大切です。貴女と王子の噂は、今のように王城中が暗く緊迫しているときにめずらしく、明るい話題なのです。それを否定すれば、反発もくらいやすい。噂を否定するなら、なにもかも落ち着いてからのほうがいいでしょう」
「そうでしょうか……」
リーリア・ハッセンは、思案気に瞬きをする。
あと一押しだ。
「それに、ザッハマインの件がかたづけば、いろいろと変わることもあるはずです。王城も忙しくなるでしょう。そうすれば、このような些細な噂など、自然に忘れられるかもしれません」
暗にサラベス王が退位するかもしれないとほのめかせば、リーリア・ハッセンははっと息をのんで、悲し気に言う。
「わたくしは、王城が騒がしくなることを望むなんて、できません……!けれど、噂に関しては、ハウアー様のおっしゃるとおりだと思います。今はハウアー様のご指示に従い、静観することにします」
よし。
うまくいったな。
「ありがとう。……こちらでも、できるかぎり貴女には王子宮から出ないですむ仕事をお願いしようと思っています。うまくすれば、人の噂も数日でおさまるかもしれません」
「……ありがとうございます!」
リーリア・ハッセンは、感激したように何度も頭をさげる。
「いいえ。貴女も、今は私の部下なのですから配慮は当然です。むしろこちらのほうが、申し訳ないくらいですよ」
そう、そんなに感謝されてもな。
一応、申し訳ないとは思う。
「そんな……、わたくしが、噂をされる一因をつくってしまったのです。そのせいで、王子にもご迷惑をおかけして、王子宮の方々にも……。本当に申し訳なく思っていますのに、お気遣いまでいただき、本当にありがとうございます」
「いいんですよ。さ、この話はこれで終わりにしましょう」
私は深々と頭をさげるリーリア・ハッセンに、仕事に戻ろうと言って話をきりあげた。
王子の書き溜めた詩の確認をするように指示すると、リーリア・ハッセンは即座に仕事に向かう。
教師の指導のもとつくられたシャナル王子の詩が書きつらねられた紙片に目を落とすリーリア・ハッセンの表情は真剣で、あっというまに与えられた仕事に集中しているのがわかる。
よし。
そのまま「仕事」に集中していてください。
私は彼女の仕事ぶりを確認すると、他の侍官たちの様子を見るために移動する。
実のところ、シャナル王子とリーリア・ハッセンの噂は、シャナル王子の宮の侍官がばらまいたのだ。
私が直接指示したのではないが、王子による「リーリア・ハッセンとの恋の噂を広めるよう」との指示は撤回されていない。
だから、このような事態になることは想定の範囲だった。
だが、私は噂を止めはしなかった。
逆に、静観することで噂を加速させた。
父親の行方がわからず消沈する部下を、こんな噂の渦中にたたせるのは、私とて気が引けた。
とはいえ、今回のシャナル王子の行動を見ていた私は、王子とリーリア・ハッセンの仲を後押ししたいと思っている。
あの何を望んでいるのかよくわからないシャナル王子の、リーリア・ハッセンへの執着が単純に恋情だというのなら、かなえてやりたいではないか。
だから、王子とリーリア・ハッセンの恋の噂を、部下たちがあちこちに広めるのを黙認していた。
まぁ、リーリア・ハッセンにも利益がないでもない。
ハッセン公爵の行動に批判が向けられなかったのは、この噂もささやかに貢献しているはずだ。
あとは、彼女が「仕事」に没頭しているうちに、王子が帰還されたときに喜ばれるほど、この噂が広めるだけだ。
その辺りは、部下たちがうまくやるだろう。
……だから、あのひねくれた王子が無事に帰還すればいいと思う。
たまには私だって、仕える主の喜ぶ顔が見たいのだから。
「そうです。ですから、今は、とりあえず噂は静観しましょう。何事も今は受け流すべき時期です。噂を否定するにも、時期が大切です。貴女と王子の噂は、今のように王城中が暗く緊迫しているときにめずらしく、明るい話題なのです。それを否定すれば、反発もくらいやすい。噂を否定するなら、なにもかも落ち着いてからのほうがいいでしょう」
「そうでしょうか……」
リーリア・ハッセンは、思案気に瞬きをする。
あと一押しだ。
「それに、ザッハマインの件がかたづけば、いろいろと変わることもあるはずです。王城も忙しくなるでしょう。そうすれば、このような些細な噂など、自然に忘れられるかもしれません」
暗にサラベス王が退位するかもしれないとほのめかせば、リーリア・ハッセンははっと息をのんで、悲し気に言う。
「わたくしは、王城が騒がしくなることを望むなんて、できません……!けれど、噂に関しては、ハウアー様のおっしゃるとおりだと思います。今はハウアー様のご指示に従い、静観することにします」
よし。
うまくいったな。
「ありがとう。……こちらでも、できるかぎり貴女には王子宮から出ないですむ仕事をお願いしようと思っています。うまくすれば、人の噂も数日でおさまるかもしれません」
「……ありがとうございます!」
リーリア・ハッセンは、感激したように何度も頭をさげる。
「いいえ。貴女も、今は私の部下なのですから配慮は当然です。むしろこちらのほうが、申し訳ないくらいですよ」
そう、そんなに感謝されてもな。
一応、申し訳ないとは思う。
「そんな……、わたくしが、噂をされる一因をつくってしまったのです。そのせいで、王子にもご迷惑をおかけして、王子宮の方々にも……。本当に申し訳なく思っていますのに、お気遣いまでいただき、本当にありがとうございます」
「いいんですよ。さ、この話はこれで終わりにしましょう」
私は深々と頭をさげるリーリア・ハッセンに、仕事に戻ろうと言って話をきりあげた。
王子の書き溜めた詩の確認をするように指示すると、リーリア・ハッセンは即座に仕事に向かう。
教師の指導のもとつくられたシャナル王子の詩が書きつらねられた紙片に目を落とすリーリア・ハッセンの表情は真剣で、あっというまに与えられた仕事に集中しているのがわかる。
よし。
そのまま「仕事」に集中していてください。
私は彼女の仕事ぶりを確認すると、他の侍官たちの様子を見るために移動する。
実のところ、シャナル王子とリーリア・ハッセンの噂は、シャナル王子の宮の侍官がばらまいたのだ。
私が直接指示したのではないが、王子による「リーリア・ハッセンとの恋の噂を広めるよう」との指示は撤回されていない。
だから、このような事態になることは想定の範囲だった。
だが、私は噂を止めはしなかった。
逆に、静観することで噂を加速させた。
父親の行方がわからず消沈する部下を、こんな噂の渦中にたたせるのは、私とて気が引けた。
とはいえ、今回のシャナル王子の行動を見ていた私は、王子とリーリア・ハッセンの仲を後押ししたいと思っている。
あの何を望んでいるのかよくわからないシャナル王子の、リーリア・ハッセンへの執着が単純に恋情だというのなら、かなえてやりたいではないか。
だから、王子とリーリア・ハッセンの恋の噂を、部下たちがあちこちに広めるのを黙認していた。
まぁ、リーリア・ハッセンにも利益がないでもない。
ハッセン公爵の行動に批判が向けられなかったのは、この噂もささやかに貢献しているはずだ。
あとは、彼女が「仕事」に没頭しているうちに、王子が帰還されたときに喜ばれるほど、この噂が広めるだけだ。
その辺りは、部下たちがうまくやるだろう。
……だから、あのひねくれた王子が無事に帰還すればいいと思う。
たまには私だって、仕える主の喜ぶ顔が見たいのだから。
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