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シスレイに導かれるままに歩いていく。
いくらか歩いたところで、人目のないのを確認して、シスレイは立ち止まる。

「リーリア。おはようございます」

「おはようございます、シスレイ」

今更という感じはあるけれども、わたくしたちは朝の挨拶をかわす。
シスレイは眉をひそめて、小声で続けた。

「ここも、そろそろ人が多くなる時間だから、あまりゆっくりはできないの。リーリアを、こちらから連れてくるようにとおっしゃったのは、ハウアー様よ」

「ハウアー様が?では、王子宮に向かっているのね?」

「ええ。わたくしたち、まだしばらくは王子宮で働かせていただくのでしょう?」

シスレイは、軽口めいて言う。
けれどそのまなざしは、わたくしを励ますように、あたたかい。

「ええ。…そう、ですわ。シャナル王子がお戻りになるまで。わたくしは、シャナル王子の宮でお待ちしています」

そのまなざしに力を得て、わたくしはシスレイにうなずいてみせる。
お待ちする、とシャナル王子にもお約束したのだ。
王子宮の方々に許されるのなら、わたくしはあそこでシャナル王子のご無事を祈りながら働きたい。

けれども、シスレイはわたくしの言葉に、すこし困ったように首をかしげた。

「……どうかしましたの?シスレイ」

どきんと、大きく胸がなる。
些細なことで、とても不安になるのは、気持ちが不安定だからだ。

つとめて平静を装ってシスレイに問いかけると、シスレイは「えぇ、まぁ」と曖昧に言葉をにごす。

「詳しい話は、ハウアー様からなさるそうよ。けれども、リーリア。貴女はこれからすこし、発言に気を付けるべきかもね。王城で、みんなに注目されていたのは気づいているでしょう?」

「ええ。……お父様が、失態をおかされたのは、事実ですもの。娘として、責めは受け入れるつもりですわ」

お父様が、不審者を追って行方がわからなくなったのは、単純に失態とは言えない。
通常の軍兵なら、職務を全うして行方不明というのは、心配されこそすれ、責められることではない。

ただ、お父様はハッセン公爵であり、七将軍のひとりだ。
ザッハマインにも、現地の兵を指揮するべく向かわれた。
敵を追った将が単身、行方がわからなくなるというのは、いくばくかは責められることだろう。

そのうえ、王はお父様を重んじて、自らの養子をザッハマインへ向かわせた。
グラッハの貴族は国のために、皆が力をあわせて尽くしている。

とはいえ、このたびの王がハッセン公爵救出のために打った手を、王のハッセン公爵重用のあらわれだと思い、苦々しく感じる方もいらっしゃるだろう。

元より、お父様とお兄様がそろって真っ先にザッハマインへ向かうよう指示がなされたのも、ハッセン公爵として強い権力を握るお父様をよく思わない方の意向もあるのだろうし……。

そういった方々が、やり場のない苛立ちをわたくしに向けるというのなら、それは仕方のないことだ。

わたくしは娘として、お父様はご自分の任務をまっとうされたと信じているし、お父様がかなわない相手だったのなら、グラッハの貴族の多くが、その敵にはかなわなかったとも思う。

だからお父様を責める気持ちなんてすこしもないけれども、他の貴族がお父様の行動を失態だと責めるのはある程度仕方がないことだと思う。

あまりにも声高であったり、侮辱的な発言があれば反論もしなくてはならないだろう。
けれども、先ほどのように睨まれたり陰口をたたかれる程度であれば、あまんじて受けよう。

そんな自分の決意を、言葉にしたのに。
シスレイは、ますます困ったように、深いため息をついた。
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