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いつもよりはやく目覚めて、身支度を整える。
朝食は、いつもどおりエミリオととるって決めた。
だからルルーに濃い紅茶をいれてもらって、お父様の執務室に行く。
エミリオが鍛錬に励んでいる間、わたくしはここで、ハッセン公爵の代理として働こう。

お父様の執務室に入るのは、お兄様が出立されてから初めてのことだ。
メイドたちが毎日掃除をしてくれているから、部屋は主の不在を思わせない新鮮な空気で満たされていた。

ひとつ深呼吸して、執務室にほどこされた人払いの魔術に魔力をこめる。
そしてお父様の執務机の横におかれた大きなサイドテーブルに魔力をこめる。
するとテーブルの上には、グラッハの魔力地図が現れた。

地図上のグラッハのあちこちに、川のような太い線が現れる。
その線は、きらきらと力強く輝いていた。

……お父様の、魔力だ。

知らず息をつめていたらしい。
魔力地図に示されるお父様の魔力を確認して、わたくしは安堵の息をついた。

お父様の執務室にあるこの魔力地図は、ハッセン公爵家が担当する魔力の守護の地図だ。
歴代のハッセン公爵は、グラッハの各所に魔力を贈り続けることが義務付けられる。
この地図では、ハッセン公爵が送った魔力がとどまっている場所が光っているのだ。

魔力地図の光は、持ち主と、その時地図を展開させた人間の魔力、両方から判断して展開の詳細が変わる。
ハッセン公爵でも、ハッセン公爵の跡取りでもないわたくしが展開したこの地図では、光っているのは大まかなラインだけだ。
それでも、お父様の魔力は、地図の上で堂々と光っている。

サラベス王の守護の上に築いたハッセン公爵の守護の魔力は、……例えば今回のお父様のように、ハッセン公爵がいなくなってもすぐに消えることはない。
けれどもそうとわかっていても、地図の上に、お父様の魔術が輝いているのを見ると、この世にお父様がいらっしゃるようで、安堵する。

……神様。
どうか。この魔力の線が消える前に、お父様をこの世界にお返しください。

心のなかで祈ると、昨日お別れした時のシャナル王子のお言葉が胸によみがえる。
きっとお父様を連れて帰ると約束してくれた王子。
あんな幼い王子に危険な真似をさせて申し訳ないと思うけれども、シャナル王子の魔力は強い。
信じろと言われたのだ。
信じて、待とう。

わたくしはシャナル王子にも祈りをささげ、魔力地図を白紙に戻した。

そして椅子に座り、この数日にハッセン公爵へと届けられた書類に目を通す。
急ぎで処理しなければならない、わたくしで判断が可能な案件はすでに処理をすませている。
そして急ぎでお父様の裁決が必要な書類は、お父様のもとへ届けられ、ここへは送られてきていないだろう。
だからここに置かれているのは、さほど急ぎではない書類だけだった。

わたくしはざっとすべての書類に目を通し、ひとつの書類に目を止めた。

「海賊ラジントンについての報告書……?」

それは、出立前のお兄様が部下に調べさせていた海賊ラジントンについての報告書だった。
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