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ガイ 13
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昨夜の夢か現か惑うようなリアの幻影のおかげで、今日は一日とてもいい気分だった。
が、予定通りメリラ州に到着した私たち一行を待っていたのは、凶報だった。
「ハッセン公爵が、行方不明……!?」
メリラ州州庁で州官がもたらした情報に驚愕の声があがる。
昨日から続いていた喜びが、一瞬にして私たち一行から奪われた。
「なぜだ?賊はほぼ捕らえられたんじゃなかったのか?」
「行方不明って…、おい。どんな状況なんだよ……!」
そこかしこで、悲鳴のような叫びが聞こえる。
だが、他の人間の顔色などうかがえないほど、私も衝撃を受けていた。
リア……!
心の中で叫んだのは、愛する少女の名前。
けれどそれは、愛する父親が行方不明という凶報を聞いたであろう妹を気遣ってのことではなかった。
私はすがるように、彼女の名前を心の中で叫ぶ。
リア、リア、と。
目を閉じると、うずくまって泣くリアの姿がまぶたにうかぶ。
あぁ、この場に彼女がいれば。
私はリアの隣に座り、二人で手を取って、悲しみをわけあっただろう。
ハッセン公爵のことを「お父様」と呼んではいても、今まで彼のことを父だと思ったつもりはなかった。
そもそも実の父にも、私はさほど愛情はない。
リアがハッセン公爵によせるような情愛など、自分は持っていないと思っていた。
ハッセン公爵のことは尊敬し、敬愛も寄せていた。
だが、彼が行方不明だと聞いた今、自分が公爵にいだいていた情は、そんなにささやかなものではなかったのだと思い知らされる。
自分の足元が崩れるような、衝撃。
まちがいなく世界でいちばんハッセン公爵が行方不明だという情報に悲しんでいるだろうリアをなぐさめるのではなく、たがいに慰めあいたいと願うほど、私は衝撃を受けていた。
これまでに受けた教育から、私は平静を装い、静かにメリラ州州官の話を聞く。
私もハッセン公爵も、軍人だ。
いつかは自分たちの命がとつぜん奪われる覚悟もあった、はずだった。
だが、この恐ろしさはどうだろう。
この世から、ハッセン公爵がいなくなったかもしれない。
花将門でザッハマインへ向かうというハッセン公爵を見送った、あれが今生の別れになってしまうかもしれないとは……。
絶望的な気分は、州官の説明を聞くうちに一筋の光を得た。
行方不明のハッセン公爵を救う手立てを、王城では見出しているという。
詳細は機密事項がふくまれるとのことで、州官も知らないそうだ。
だが、その手立てには私が役に立てるかもしれないという。
自分に、できることがある。
それは今の私にとって、なによりの救いになった。
なにがなんでも、ハッセン公爵を救い出してみせる。
あれを今生の別れなどにはしない。
生きて公爵を連れ戻し、一緒にリアのところに戻るのだ。
強い決意を胸に抱くと、いくばくか心が浮上した。
同時に、思う。
王都に一人残されたリアは、どうしているだろうと。
責任感の強いリアは、こんな時はきっと仲のいい侍女にも頼れない。
……他の男に託すなどというのは、ほんとうに嫌だが。
今だけは、彼女の傍にいるエミリオかシャナル王子が、リアを支えてくれていればいいと願う。
リアの心がすこしでも癒されるなら、私の嫉妬などなにほどのものだろう。
リア。
君のそばに帰りたい。
君の手をとり、悲しみをわかちあいたい。
けれど、今ここに、私にできることがある。
きっと、お父様を連れて帰るから。
その時は皆でお茶を飲みながら、さんざん心配したのだと、お父様に言おう。
が、予定通りメリラ州に到着した私たち一行を待っていたのは、凶報だった。
「ハッセン公爵が、行方不明……!?」
メリラ州州庁で州官がもたらした情報に驚愕の声があがる。
昨日から続いていた喜びが、一瞬にして私たち一行から奪われた。
「なぜだ?賊はほぼ捕らえられたんじゃなかったのか?」
「行方不明って…、おい。どんな状況なんだよ……!」
そこかしこで、悲鳴のような叫びが聞こえる。
だが、他の人間の顔色などうかがえないほど、私も衝撃を受けていた。
リア……!
心の中で叫んだのは、愛する少女の名前。
けれどそれは、愛する父親が行方不明という凶報を聞いたであろう妹を気遣ってのことではなかった。
私はすがるように、彼女の名前を心の中で叫ぶ。
リア、リア、と。
目を閉じると、うずくまって泣くリアの姿がまぶたにうかぶ。
あぁ、この場に彼女がいれば。
私はリアの隣に座り、二人で手を取って、悲しみをわけあっただろう。
ハッセン公爵のことを「お父様」と呼んではいても、今まで彼のことを父だと思ったつもりはなかった。
そもそも実の父にも、私はさほど愛情はない。
リアがハッセン公爵によせるような情愛など、自分は持っていないと思っていた。
ハッセン公爵のことは尊敬し、敬愛も寄せていた。
だが、彼が行方不明だと聞いた今、自分が公爵にいだいていた情は、そんなにささやかなものではなかったのだと思い知らされる。
自分の足元が崩れるような、衝撃。
まちがいなく世界でいちばんハッセン公爵が行方不明だという情報に悲しんでいるだろうリアをなぐさめるのではなく、たがいに慰めあいたいと願うほど、私は衝撃を受けていた。
これまでに受けた教育から、私は平静を装い、静かにメリラ州州官の話を聞く。
私もハッセン公爵も、軍人だ。
いつかは自分たちの命がとつぜん奪われる覚悟もあった、はずだった。
だが、この恐ろしさはどうだろう。
この世から、ハッセン公爵がいなくなったかもしれない。
花将門でザッハマインへ向かうというハッセン公爵を見送った、あれが今生の別れになってしまうかもしれないとは……。
絶望的な気分は、州官の説明を聞くうちに一筋の光を得た。
行方不明のハッセン公爵を救う手立てを、王城では見出しているという。
詳細は機密事項がふくまれるとのことで、州官も知らないそうだ。
だが、その手立てには私が役に立てるかもしれないという。
自分に、できることがある。
それは今の私にとって、なによりの救いになった。
なにがなんでも、ハッセン公爵を救い出してみせる。
あれを今生の別れなどにはしない。
生きて公爵を連れ戻し、一緒にリアのところに戻るのだ。
強い決意を胸に抱くと、いくばくか心が浮上した。
同時に、思う。
王都に一人残されたリアは、どうしているだろうと。
責任感の強いリアは、こんな時はきっと仲のいい侍女にも頼れない。
……他の男に託すなどというのは、ほんとうに嫌だが。
今だけは、彼女の傍にいるエミリオかシャナル王子が、リアを支えてくれていればいいと願う。
リアの心がすこしでも癒されるなら、私の嫉妬などなにほどのものだろう。
リア。
君のそばに帰りたい。
君の手をとり、悲しみをわかちあいたい。
けれど、今ここに、私にできることがある。
きっと、お父様を連れて帰るから。
その時は皆でお茶を飲みながら、さんざん心配したのだと、お父様に言おう。
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