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抗うのをやめると、わたくしを抱くエミリオの腕の力は弱まる。
かわりに優しく、そっと背中を撫でてくれる。

……このまま、エミリオに頼ってしまうのが、一番たやすく、正しい選択なのかもしれない。

けれども、それでも。
わたくしは、やっぱりそんなのは嫌だった。

すっかりわたくしを慰めてくれているつもりらしいエミリオに申し訳なく思いつつ、すっと体に魔力を走らせる。
そして、どん、とエミリオを突き飛ばした。

攻撃されているわけでもないのに、魔力をまとわせて力をふるうのは基本的に禁止されている。
エミリオはまだそのことを知らないかもしれないけれども、慰めているつもりだったわたくしが、魔力までふるって抵抗したことに驚いているみたいだった。

わたくしが突いた肩を手で押さえながら、エミリオは眉をひそめる。

「リーリア……?」

「リーリア姉様、でしょう?エミリオ」

わたくしは毅然とした態度をとりつくろって、エミリオを睨む。

「あなたのお気持ちは、家族としてありがたいと思います。けれども、例え姉弟とはいえ、断りもなく異性を抱きしめるなんて
マナー違反ですよ」

「抱きしめるって……!俺はただ、リーリアを慰めようと……!」

「リーリア姉様と呼びなさい。あなたのお気持ちはわかっています。ありがたいと思っているとも言いましたわよね?けれども、だからと言って、相手の体に不用意に触ることは別問題だと言ってるのです」

わざと厳しくいうと、エミリオは顔を赤くした。

わたくし、嫌な女だわ。

エミリオが、わたくしを慰めようとしてくれていただけだってことはわかっている。
震える手を抑えることもできないほど弱っている少女。
それは、健全な少年であるエミリオにとって無条件で、慰め、励ます対象なのだろう。
そこには、たぶん下心などない。

なのにわたくしは、エミリオが「リーリア」と呼ぶ声音が、前世で見たゲームのエミリオがヒロインを呼ぶ時と同じような声音だというだけで、彼のことを遠ざけようとしている。
わざとこんな、エミリオを傷つけるような言い方までして。

ごめんなさい、とわたくしは心の中で謝った。

わたくしだって、シャナル王子が動揺しているとき、王子をお慰めしたいと思って抱きしめた。
気落ちして動揺している人を落ち着かせるには、抱きしめるのは有効だって経験上知っているから。

きっとエミリオも、同じような気持ちなのだろう。
他意なんてなく、わたくしが無理をしているのを感じ取って、わたくしの張りつめた気をやわらげ、助けようと思ってくれただけなんだろう。

けれども、わたくしはそれを望まない。

例え頼りなくとも、今は昂然と顔をあげていたい。
誰かに頼ってしまえば、わたくしは二度とこんな自分を保てなくなってしまうかもしれない。

これがわたくしの弱さなのだとしても。
今はわたくしが仮の主としての顔を保てなくなるようなリスクをおかすことはできない。

「申し訳ないけど、今日のお話はここまでにしてちょうだい。まだ話があれば、明日聞きます。今日はこれで、失礼するわね」

わたくしは強引に話を切り、エミリオの部屋を辞そうとした。
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