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がくがくと震える手を隠すように、膝の上においた。
スカートを握りしめていると、隣に座っていたシャナル王子がわたくしの手を上から握ってくださる。

その手の暖かさに勇気をいただいて、スノー様のお顔をまっすぐに見つめた。
スノー様は眉をひそめて、おっしゃる。

「いや……、ハッセン公爵が賊の手に落ちたのか、否か、それすらわかっていないんだよ。なにしろ、このような事態は今までにも聞いたことがないことなんだ」

「それは、どういうことでしょう……?」

スノー様は、言いづらそうに言葉を濁されるけれども、お言葉を待っているわたくしには、言葉を濁らされれば不安が募るばかりだ。
不安で胸がつぶれそうになりながら先を促すと、スノー様は「落ち着いて聞いてほしい」と重苦しくおっしゃっる。

「ハッセン公爵は、ともにザッハマイン襲撃の犯人を追っているシュリー州の軍人たちの前で、姿を消したそうだ。文字通りこつぜんと彼らの目の前で、主犯とともに、姿が見えなくなったという」

「……そ、れは……」

どういう、ことなの?
突然に人の姿が消えた、だなんて……。
あまりにも非現実的なスノー様のお言葉に、わたくしは言葉を失った。

「魔術、じゃないよね?」

わたくしの隣で、シャナル王子も困惑気に尋ねられる。
花将門のような移動用の門を渡って速駆する場合でも、その姿が見えなくなるということはない。
こつぜんと姿を消す術など、聞いたこともなかった。

スノー様は難しい表情でシャナル王子を見ると、小さく首を横に振る。

「いや、一概に魔術じゃないとも言えないんだよ」

そう言って、言葉を濁されるスノー様の横から、卓についてる文官のひとりが手をあげた。

「ここは、わたくしがご説明させていただいてもよろしいでしょうか」

スノー様がうなずいて促されると、文官は「こほん」と軽い咳ばらいをして、口を開いた。

「文化部研究院のジャッタ・ノレンです。禁術……古くに使用が禁じられた魔術の管理・研究をしています」

文官は、シャナル王子とわたくしに短い自己紹介をする。
文化部研究院の研究者は、七賢人とは別種の上官だ。
彼らは国政に関わることはないけれども、それぞれに重要な研究に携わっている。
その多くがわたくしたちには明かされることはなく、謎めいた存在だけれども、目の前の方がその研究者の一人なのか。

ノレン様は、ご高齢の男性だった。
禁じられた術の管理というどこか恐ろしいご研究をなさっているそうだけれども、その英知を宿した眼差しは明るい。

禁術という聞きなれない言葉にとまどうわたくしに、ノレン様は表情を和らげておっしゃった。

「今からきちんと説明します。お父上はご無事である可能性が高いですよ」
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