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わたくしは、エミリオが思ったよりも冷静なのに驚いた。
海賊ラジントンを義賊として憧れていたエミリオなら、グラッハへ批判の目を向けるのではと思っていたのだ。

「エミリオは、グラッハの王族や貴族を非難しないんですね。有名な義賊が、この国に牙をむいたというのに」

シャナル王子によると、軍部ではサラベス王を批判するものもいたという。

恐れ多くも愚かしいことだと思うけれども、王の最大の責務のひとつであり、魔力の象徴でもある国境障壁が破られた今、王や貴族に批判の目がいくのは仕方ないとも思うのに。

エミリオはきょとんと目を丸くして、心底あきれたというように、わたくしに言う。

「リーリア姉様。俺にだって、目も耳もあるんですよ?いくら海賊ラジントンが有名な義賊とはいえ、彼らのことは噂で聞いただけです。グラッハの平和や豊かさを自分の目で見ているのに、それを守ってくださっている王や貴族をラジントンの攻撃を理由に非難するなんてありえないですって」

「ありえない……」

軍部では、そのありえないことが口にされているという。
庶民により近いエミリオがありえないと評してくれたことが嬉しく、同時に軍部の考えや、そのことに批判を覚えなかったわたくし自身の弱さに気づく。

「とにかく、ザッハマイン襲撃の犯人が海賊ラジントンかどうかの真偽の確認が必要です。でも、たとえ海賊ラジントンが犯人だとしても、この国が悪い国だなんて思わない。海賊ラジントンが犯人なら、彼らは義賊なんかじゃない。ただの犯罪者です」

エミリオは、顔を紅潮させて言う。
わたくしも、おずおずとうなずいた。

「そうね。そうだわ。わたくしったら、なぜあんなに弱気になっていたのかしら。恥ずかしいわ」

「リーリア姉様は、この国の貴族として、ご自分にもザッハマイン襲撃の責任の一端があるって考えているからじゃないですか?責任感が強いのはいいことですけど、抱え込みはよくありません。そのせいで冷静な判断力を失うなら、なおさらです」

エミリオに諭されて、ますます恥ずかしくなる。
貴族としてのありかたなんてほとんど知らないエミリオが、冷静に判断できることを、わたくしは判断できなかった。
かばってくれるエミリオの気持ちはありがたいけれども、これは明らかにわたくしの失態だ。

「俺ももっと積極的に海賊ラジントンの噂を調べます。なにかわかるかもしれませんし。……あと、ザッハマイン襲撃の件は、まだ街では広まっていませんよ」

これを報告したかったんです、とエミリオが笑って言う。
その判断の的確さに、わたくしはますますこの新しい弟を見直した。

「そう。それを伺いたかったの。ありがとう、エミリオ。もしかすると、ファラン商会のほうでなにか手をうってくれているのかしら?」

「すこしだけ。といっても現段階で異変に気づいているのは、2,3の大手商会だけみたいですね。そちらのほうにはファラン商会から手がまわりました。実際、すでにシュリー州が落ち着いているのなら、商売には大きな影響はないでしょうし」

「そうだといいんだけど。ザッハマインの被害状況は、まだ明らかでないもの。死傷者は少ないようだけれども、街の破壊についてはよくわからないわ」

「あー、そっか。そうですよね……」

嫌な話だけれども、国境障壁が破られたということは、街の建物や道路が破壊されている可能性はある。
場合によっては、ザッハマインの港の修復には時間がかかるだろう。
ザッハマインがグラッハの唯一の港街だと考えると、海からの交易が一時途絶える。
それは商会にとっては大きな痛手になるだろう。

とはいえ、こちらの被害状況も確認待ちになる。
それに、まだ犯人はひとり逃げているのだ。
いくらお父様がザッハマインに行かれたとはいえ、捕縛がすんだわけではない。
まだ被害状況が悪化する可能性だってある。
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