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ガイ 8

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ナハトの言葉に、手の中のタルトを食べることが申し訳なくなる。
躊躇していると、リヒトが横から口を添えてくれた。

「ごちゃごちゃ考えていないで、食べればいいだろう。タルトひとつ食べたからと言って、彼女と付き合えなどとはナハトも言わないさ」

「……では、遠慮なくいただきます」

いそいそとタルトを口にいれると、木苺が王都のものよりずっと甘いようで、とてもおいしい。

「これは、おいしいです。リーダーの妹さんは、おいしいお店をご存知ですね」

感心して言うと、ナハトとバルが私の顔を見て、ため息をつく。

……というか、食堂にいる騎士たち全員が、私を見ているではないか。
なにかあったのかとあたりを見回すが、なにもない。
顔にクリームでもついているのだろうか。

そっと口元を手でぬぐうが、特に汚れはないようだった。

「あー、美形は得ですよね」

バルが私を睨みつつ、言う。

「ありがとうございます」

美形だとは、王城に勤める女性たちにも、よく言われる。
リアは「お兄様、かっこいいです」と言ってくれることが多いが。

外見については、見苦しくないよう、清潔に見えるように気遣っている。
けれど特になにかの努力を施しているわけではないので、褒められてもさほど嬉しいわけではない。
しかし他人が自分を評価してくれたことに変わりはなく、ありがたいことだと思う。
……武術や魔術で認められるように、もっと努力せねばとも思う。

バルに礼を言うと、バルは呆れた顔で「どういたしまして」という。
ナハトはそれを見て、げらげらと笑った。

軽口の応酬は、場の雰囲気を和ませる。
明日も早朝に立つとナハトが言って、みんなで食堂を後にしたとき、私は自分の緊張がすこしほぐれているのを感じた。
そして、敵わないなと、嬉しく思う。

私は、人間を相手にする戦いに不慣れだ。
もちろん試合や練習で戦ったことはあるが、外国への遠征が認められていない小翼の私が出陣したこがあるのは火龍などの人外との闘いがほとんどだった。
王都軍の人間が民間の小競り合いに出陣することもない。
小規模の紛争の調停に出たことはあったが、軍が戦いらしい戦いをしたことなどなかったのだ。

けれど、おそらく今回はそういうわけにはいかない。
一国の国境障壁を破壊するというのは、宣戦布告に等しい。
ザッハマインでの戦いは、これまでのような戦いとは隔絶しているだろう。
その場に、中央の人間としては真っ先にのりこむ私たちは精鋭で、……同時に、場合によっては様子見のための捨て駒になる。

国のためにすべきことを全力でするだけだと思いはするが、人間を相手に戦うことも、死を身近に感じることも、怖くないわけではない。

そんな私の幼さを、ナハトたちは見抜いていたのだろう。
ああして軽口をたたき、私の緊張をほぐしてくれた。
いいグループのメンバーに選んでもらったと、改めて思う。

タルトをくれたナハトの妹君も、ナハトの指示を受けて、タルトをくれたのかもしれないな。
同じグループの人間に守られ、庇われ……。
情けないが、まだ小翼で、経験値の低い私にできるのは、彼らの好意を受け取り、明日の成果につなげるよう努力することだけだ。

ハッセン公爵からの連絡は、まだない。

不安がないわけでもないが、ナハトはよいリーダーだし、リヒトとの信頼関係も厚く、二人のコンビネーションは見事だ。
バルも、見事な魔術の使い手だ。
きっと私たちは、早々にザッハマインに到着し、かの街の住民たちを守ることができるはずだ。

リュカ州庁の宿舎で体を休めながら、私はリアに思いをはせた。
あの子は今頃、ちゃんと眠っているだろうか……。
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