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ガイ 7
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「なるほど。では、今日の功労者に御礼を。どうぞ召し上がってください」
私はナッツのタルトを皿ごとバルのほうへ差し出した。
ナッツにたっぷりと飴がけされたタルトは、見るからにあまそうでおいしそうだ。
バルもあの食べっぷりを見ると、私と同様、あまいものが好きなのだろう。
本日の功労者は、風の魔術を駆使して、馬が走りやすいよう気流を調整してくれたバルだ。
バルの魔術に包まれると、背中からやわらかな手で助力されているかのようで、馬が驚くほどはやく駆けてくれたのには驚いた。
バルの術がなければ、これだけの短期間でリュカ州庁までたどり着けることはなかっただろう。
「いいんですか?返しませんよ?」
「もちろん返してくださいなどと申しません。感謝のしるしです」
「ありがとうございます!」
バルは私に礼を言うと、こちらのタルトも一口でぺろりと平らげた。
あまりの早業に目をまるくしていると、机のそばを通りがかった女性が、くすくすと笑い声をあげた。
「あまいものは、お嫌いなんですか?」
目が合うと、女性が尋ねてくる。
「いや、好きです。とてもおいしそうなタルトでしたが、だからこそ彼に差し上げたのです。彼には今日、たいへん世話になりましたので、礼をと思いました」
女性は、真っ白のエプロンをかけていた。
もしやこのタルトをつくった料理人ではないかと思い、彼女が気を悪くしないよう状況を説明する。
すると女性はますます笑って、
「そんなに慌てなくてもいいのに。あなたもタルトがお好きなら、これを食べてちょうだい。夜食にするつもりで買ったんだけど、余らせたの。近くで評判のベーカリーのだから、味は保証するわよ」
「ご厚意、ありがたく受け取らせていただきます」
女性が差し出してくれた白い紙袋を受け取って頭を下げると、女性は「いいのいいのー」と手を横に振った。
「でも、そうね。代わりにというわけじゃないけれど、あなたの名前を教えてくれると嬉しいかも?」
「ガイ・ハッセンと申します」
「ガイ・ハッセン。いい名前ね。覚えておくわ」
女性はひらりと手を振ると、食堂を出て行った。
紙袋の中身を改めると、なるほどおいしそうな木苺のタルトが入っている。
私はこちらを見ていたナハトに、紙袋をあけて伺う。
「ナハト。おそらく州庁で働いているだろう女性から、いただきました。こちらを食べても問題はないでしょうか?」
「見てたって。あー、だいじょうぶだ。ありゃ、俺の妹だよ。毒とかは入ってねーことは保証するから、食え。食え」
ナハトの妹君だったのか。言われてみれば、オレンジがかった赤毛や、いきいきとした表情が似ている気がした。
州庁の中で出会った人にいただいたものだから、だいじょうぶだろうとは思っていたが、ナハトの妹君からいただいたものなら、タルトに毒などが混入されている可能性はないだろう。だが。
「ナハトの妹君だったんですね。では、このタルトは本来ナハトへの贈り物だったのではないでしょうか?私がいただいてもいいのですか?」
「あいつがお前に渡したんだから、いいだろう。俺はそんなに甘い物好きってわけじゃねーし。厚生部の薬鬼って言われるあの妹が、男に菓子を渡すなんて珍しいんだから、もらってやってくれ」
にやにや笑いながら、ナハトが言う。
その表情を見れば、鈍いとよく言われる私にも、その意味がわかった。
この菓子をくれたことは、彼女が私に好意を抱いてくれた証ということなのだろう。
しかし、私にはリアがいる。
他の女性に好意をもつことはないだろう。
私はナッツのタルトを皿ごとバルのほうへ差し出した。
ナッツにたっぷりと飴がけされたタルトは、見るからにあまそうでおいしそうだ。
バルもあの食べっぷりを見ると、私と同様、あまいものが好きなのだろう。
本日の功労者は、風の魔術を駆使して、馬が走りやすいよう気流を調整してくれたバルだ。
バルの魔術に包まれると、背中からやわらかな手で助力されているかのようで、馬が驚くほどはやく駆けてくれたのには驚いた。
バルの術がなければ、これだけの短期間でリュカ州庁までたどり着けることはなかっただろう。
「いいんですか?返しませんよ?」
「もちろん返してくださいなどと申しません。感謝のしるしです」
「ありがとうございます!」
バルは私に礼を言うと、こちらのタルトも一口でぺろりと平らげた。
あまりの早業に目をまるくしていると、机のそばを通りがかった女性が、くすくすと笑い声をあげた。
「あまいものは、お嫌いなんですか?」
目が合うと、女性が尋ねてくる。
「いや、好きです。とてもおいしそうなタルトでしたが、だからこそ彼に差し上げたのです。彼には今日、たいへん世話になりましたので、礼をと思いました」
女性は、真っ白のエプロンをかけていた。
もしやこのタルトをつくった料理人ではないかと思い、彼女が気を悪くしないよう状況を説明する。
すると女性はますます笑って、
「そんなに慌てなくてもいいのに。あなたもタルトがお好きなら、これを食べてちょうだい。夜食にするつもりで買ったんだけど、余らせたの。近くで評判のベーカリーのだから、味は保証するわよ」
「ご厚意、ありがたく受け取らせていただきます」
女性が差し出してくれた白い紙袋を受け取って頭を下げると、女性は「いいのいいのー」と手を横に振った。
「でも、そうね。代わりにというわけじゃないけれど、あなたの名前を教えてくれると嬉しいかも?」
「ガイ・ハッセンと申します」
「ガイ・ハッセン。いい名前ね。覚えておくわ」
女性はひらりと手を振ると、食堂を出て行った。
紙袋の中身を改めると、なるほどおいしそうな木苺のタルトが入っている。
私はこちらを見ていたナハトに、紙袋をあけて伺う。
「ナハト。おそらく州庁で働いているだろう女性から、いただきました。こちらを食べても問題はないでしょうか?」
「見てたって。あー、だいじょうぶだ。ありゃ、俺の妹だよ。毒とかは入ってねーことは保証するから、食え。食え」
ナハトの妹君だったのか。言われてみれば、オレンジがかった赤毛や、いきいきとした表情が似ている気がした。
州庁の中で出会った人にいただいたものだから、だいじょうぶだろうとは思っていたが、ナハトの妹君からいただいたものなら、タルトに毒などが混入されている可能性はないだろう。だが。
「ナハトの妹君だったんですね。では、このタルトは本来ナハトへの贈り物だったのではないでしょうか?私がいただいてもいいのですか?」
「あいつがお前に渡したんだから、いいだろう。俺はそんなに甘い物好きってわけじゃねーし。厚生部の薬鬼って言われるあの妹が、男に菓子を渡すなんて珍しいんだから、もらってやってくれ」
にやにや笑いながら、ナハトが言う。
その表情を見れば、鈍いとよく言われる私にも、その意味がわかった。
この菓子をくれたことは、彼女が私に好意を抱いてくれた証ということなのだろう。
しかし、私にはリアがいる。
他の女性に好意をもつことはないだろう。
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