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お兄様は席をたち、わたくしの席まで歩いてこられた。
衝撃を受けているわたくしを支えるように、手を握ってくださる。
冷たかった指先に、ほんのり暖かさが戻る。

「ガノジェは、国としての統率などまったくとれていない”国”だった。そこに集ったのは、ただエンピを担いで私欲を満たそうという、強欲な男がほとんどだった。若く美しい王女を、ひとりの人間ではなく、ただ自らの欲をぶつける対象としてみるような愚劣な輩だ。エンピの目がはなれたわずかな時間に、王女は亡くなっていたそうだ。凌辱されても気丈に振る舞おうとされた王女に、男たちはますます興奮し加虐の限りを尽くしたそうだよ」

「ガイ様。俺もそんなこと知らなくて、なんか今、すっげーショックなんですけど。リーリア様にそんな話するのはキツくないですか?つーか、俺もちょっと、これ以上聞きたくないかも……」

わたくしと同様、エミリオもアリッサ王女を襲った災いを初めて知るのだろう。
あまりにもむごい話に、怯えた声でお兄様のお話を止めた。
アリッサ王女と同じ女性であるわたくしを気づかってくれているのだろう。優しい子だ。

けれど、わたくしは「いいえ」と言った。

見知らぬ男たちに浚われ、死ぬまで痛めつけられたというアリッサ王女。
17年の彼女の努力、未来への夢、愛する人、愛された想い、人間としての尊厳。
すべてを男たちの身勝手な欲望のために打ち砕かれた彼女と、彼女を想う人の心の苦しみは、どんなに想像しても足ることなどないほど深いだろう。
そんな非道なことを実行する人間がいるということが、怖くて、辛い。
けれど。

「エミリオ。今日までわたくしは、このお話を知りませんでした。お兄様は以前からご存じだったのにも関わらずです。つまりわたくしは、このお話を知るべきということですわ。きっと、あなたもです」

お兄様に手を握っていただいている状態で、偉そうなことを言うものだと思う。
けれどエミリオは、はっと息をのんで、うなずいた。

「聞きたくないからといって、聞かないという選択は許されないってことですね。他人の不幸を興味半分に聞いているみたいで、こういうの嫌だったんですけど。単に噂話してるわけじゃない、か。……けど、こんな話、聞いたり、されたりって。やっぱ、すげー嫌なんですけど。……っかー、もう!! 貴族ってのも、キツいですね」

「エミリオ……」

そう。聞きたくない知りたくない出来事も、知っておかねばならない。
情報は力だ。
お兄様がわたくしたちが知っておくべきだと判断されたことなら、なおさら。知らないでは許されない。

「だいじょうぶです。もう気持ちの整理、ついたんで。ガイ様、話を止めて申し訳ございませんでした。続きをお願いします」

お兄様はエミリオの言葉を聞き、かすかに笑った。
そしてわたくしの頭を撫でてくださった。
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