乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、この恋は諦められません

木村 真理

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わたくしはお兄様の肩に手を置き、そっとお兄様の傷を舐めた。

ぴくりとお兄様が身じろぎするのを無視して、ぺろりぺろりとお兄様の頬を舐める。
かすかに、舌に血の味がした。
お兄様の血の味。
それをあまく感じるのは、たぶんわたくしの心のせいなんだろう。

「治りましたわ」

そう言って、お兄様に覆いかぶさるようになっていた態勢をおこすと、お兄様はそっと目を開けた。
お漆黒の瞳がわたくしの姿をうつす。
そして、お兄様は照れたように笑う。

「リアに癒しの術をかけてもらうのは、久しぶりだね」

「お兄様ってば、ぜんぜんお怪我をなさらないんですもの」

お兄様がご健勝なのはよいことだけれど。

わたくしの癒しの術は、とても力が弱い。
癒しの術は魔術の中でも扱える人間が少なくて貴重なの。
でも通常の術者なら手をかざして治療できるというのに、わたくしは患部を舐めなくては治せない。

もちろん、わたくしも手をかざして癒しの術を使うこともできなくはない。
けれど手をかざして治せるのは、血がかすかににじむ程度のかすり傷のみというささやかな力でしかない。
その程度ではさすがに世間的には「癒しの術が使える人間」としてカウントされない。

世間的にも、うら若い女性が患部を舐めて治療するというのは外聞がよくないですしね。
だこら、わたくしの能力を知る人は限られている。
わたくしがこうして術をふるうのは、お父様とお兄様の二人だけ。

あぁでも、エミリオは。
これから家族になるなら、治療することもあるかもしれないのかしら。

「エミリオが怪我をしても、リアはこうして治すのかな」

ぼんやりと考えていたことを読んだかのように、お兄様がおっしゃる。
わたくしはあまりのタイミングの良さに、びくりと身を震わせた。

「そうですわね……。エミリオも、今日から家族ですものね」

まだ他人を舐めることに抵抗がなかった子どものころに出会ったお兄様と違い、昨日はじめて見知った少年を舐めるのは、治療のためとはいえ、抵抗がある。

けれども彼も「家族」なのだと思えば……、他の家族と違う扱いはしづらい。

ましてや前世の記憶では、ゲームの中のエミリオは養子に入った公爵家で家族に遠巻きにされて傷ついていたという話があった。
わたくしも、お兄様もお父様も、わざと彼をのけ者にするようなことはしない。
けれど彼の方でなじめず、遠巻きにされていると感じてしまうことはあるかもしれない。

それを知っているのに、彼をひとりだけ「治療」の対象から外すのは、彼だけを家族扱いしないようで。
わたくしは「エミリオを舐めるのは嫌だな」と思う自分の心に蓋をして、つとめて笑顔でうなずいた。

すると、お兄様は苦く笑う。

「そうだね。彼も家族だから……」

わたくしは、失敗したのだろうか。お兄様がこんな辛そうな顔をされるなんて。
けれどエミリオがわたくしたちの弟に選ばれたのは、決まったことだ。
わたくしはそっとお兄様の手に手を重ね、励ますようにその手を握りしめた。
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