上 下
69 / 73
召喚された勇者が望むのは、婚約破棄された騎士令嬢

26: Side サイラス 8

しおりを挟む
 数時間後。
サイラスの母の寝室から出てきた上官は、ご機嫌で帰っていった。
サイラスは、弱みを握っているメイドに、母の寝室で「片付け」をするように命じた。

 戻ってきたメイドの話では、母はなにが起こったのかも気づかず、眠ったままらしい。
メイドが母のからだを清め、寝台を整えて、再度その寝台に横たえても、すやすやと眠っているだけだという。

 この強力な眠り薬は、先ほどの上官に渡されたものだが、よいものを手にいれたと、サイラスは思った。
これがあれば、母はなにも知らないままでいられ、サイラスも母の泣き言を聞かずに済むかもしれない、と。

 けれど、次の時は、そううまくはいかなかった。

 数日後カッシモが連れてきたのは、別の上官だった。
その上官は眠り薬のことを聞くと、使用は許可してくれた。
しかし量はかなり減らすように命じられた。

 嫌な予感がしたが、サイラスは上官に従うしかなかった。
彼らの機嫌を損ねてしまえば、サイラスは騎士ではいられなくなるかもしれない。

 サイラスは、母が気づかないまま、すべてが終わるようにと祈った。
母の心の安寧のためにも。

 けれど、その祈りは、神に届かなかった。

 今日の上官が母の寝室を訪れてから、1時間ほどたったころだろうか。
サイラスとカッシモが賭けトランプをしていると、母の悲鳴が小さく聞こえた。

「参ったな。ここまで声が聞こえるなんて。使用人たちの口をふせげるか?」

 カッシモは、どこか興奮した声で、サイラスに尋ねた。
サイラスは、当たり前だ、とうなずいた。

「いまこの屋敷にいるのは、弱みを握っているメイドと従僕1人ずつだけだ。あいつらは秘密をばらされたくないから、めったなことでは口をわらない」

「へぇ。さすが用意周到なサイラスだな。にしても、やっぱり心が痛むか? お父上への愛に生きる母を、別の男に売った息子としては」

 カッシモは、トランプの札をにらみながら、挑発するように言う。
サイラスは答えず、ただトランプを一枚放り投げた。

「チェックメイトだ。そっちの掛け金をぜんぶ寄こせ」

「嘘だろ? ここでハートのエースって、ツキすぎだろ。あーあ、サイラス。お前はほんとツイてる男だよ」

「ふん。まぁ、そうだろうな」

 サイラスが自信たっぷりに言うと、カッシモは肩をすくめた。
あの上官は、先日の上官とは違い、眠っている女を犯したうえ、それを相手に知らしめるように、途中で目が覚めるように睡眠薬を調整するクソ野郎だ。

 さっきの悲鳴は、サイラスの母が目を覚まし、自分の身に起きたことに気づいた悲鳴だろう。
あるいは、いま自分の身に起こっていることを、か。

 とぎれとぎれに、サイラスの母の悲鳴が聞こえる。
今頃彼女は、自分がこんなめにあっているのが、自分がお腹を痛めて産み、大切に育てた息子のせいだと気づいているころだろう。
 そうしたら、上官を連れてきたカッシモも、グルであることにも、気づいてしまうだろう。

 ここに来られるのは、今日が最後かもしれないな。
カッシモはそう思い、楽しそうにトランプに興じるサイラスの罪悪感のなさに、恐ろしさを感じ始めた。
しおりを挟む

処理中です...