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聖女の婚約破棄とその事情

9:あくやくれいじょうのみたゆめは 2

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 サン・マリーには、それが間違いだと、すぐにわかった。
 たかが没落した伯爵家の娘であるホーリーが、何事にも秀でたヒジリ王子を夫にする、などと。
 例え、それを告げたのが神であったとしても、そのような愚かなお告げは間違いにすぎない。

 だからサン・マリーは「馬鹿馬鹿しい」と言い捨てた。
 神に媚びへつらうしか才のない神官たちはともかく、王や、父である宰相は、自分と同じ考えだと、疑いもしなかった。

 ホーリーは、つまらぬ少女だった。
いつもぼんやりした顔で、へらへら笑っている。
没落したとはいえ貴族の娘だと言うのに、下働きの娘たちにすら笑顔を向ける。
 影で、彼女たちがホーリーのことを、どのように言っているかも知らないで。

 その点、サン・マリーは、抜かりなかった。
宰相の娘として、また次期王妃として、この国の最上位で支配する女性として、下の人間を厳しく監督した。
 下働きの娘どころか、貴族の令嬢たちでも、サン・マリーの立場の特異性は理解せざるを得ず、誰もサン・マリーに逆らおうとはしなくなった。

 ホーリーは、神殿の娘たちの間で孤立した、とサン・マリーは思った。
けれどホーリー自身は、それに気づいてもいなかっただろう、とも思った。

 聖女として神に選ばれたホーリーは、サン・マリーたちとは、まったく異なる扱いを受けていたからだ。
 彼女のまわりには常に神官や巫女がおり、彼女を崇めていた。
 ホーリーは、それを当たり前のものとして甘受し、おっとりとした笑みを浮かべて祈る。

「聖女と言われても、私は他の方と変わらない、ただの人間です。この国のすべての民と変わらず、神のために祈り、国のために祈る。ただそれだけです」

 ホーリーの何もかもが、サン・マリーには疎ましかった。
 そんなホーリーの虚言を、ヒジリ王子が誇らしそうに聞いているのも、憎らしかった。

 (ホーリー。貴女は、自分が真実、最下層の民と変わらぬ存在だと言うの? では、貴女は、最下層の民が扱われるように扱われてもいいのよね? だって、貴女がそう言ったのよ?)

 サン・マリーは、いつしか心の中で、ホーリーに尋ねるようになった。

 そして、この国で暮らす最下層の民の暮らしぶりをつぶさに調べた。

 親に捨てられ、国の保護施設にも馴染めず、そこを逃げだし、女を食い物にする男たちの餌と成り果りはてている女たち。
 なんの美徳もない下流の男たちにさえ、彼らの欲を満たすためだけに使われ、気晴らしに暴力を振るわれ、病を得れば捨てられ、路傍で倒れ死んでいく女たち。

 サン・マリーは、この国の最下層の民は、彼女たちだと思った。
 ならば、ホーリーも、彼女たちと同じように扱われるべきではないか、と。

 だって、ホーリーが言ったのだ。
彼女たちと自分は、同じなのだと。

 そして、サン・マリーは姿を変えて盗賊団を雇い、ホーリーの襲撃を指示した。

 犯行は、うまくいった。
キキムのおかげで、ホーリーが襲われたことが人々に知れ渡るという、思いがけないおまけまでつけて。
 おかげで、ホーリーは人前に出ることを拒むようになり、人々はヒジリ王子とホーリーの結婚をあきらめた。

 ようやく、世界が正された。
ようやく、わたくしがヒジリ王子の妻となるのだ。

 サン・マリーは、そう思った。
なのに。
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