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聖女の婚約破棄とその事情
8:あくやくれいじょうのみたゆめは 1 (痛い表現あり)
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サン・マリーは震えた。
もう悲鳴すら、あげられない。
なぜ。
なぜ、わたくしがこのような目にあうの?
石造りの牢の床にへたりと座り込んだまま、サン・マリーはうつろに目の前の光景を見ていた。
目前には、盗賊団の男たちが血だまりの中、うめいている。
自分とは身分も育ちも違う、汚らしい男たちだ。
だから彼らの惨状は、自分にはなんの関係もない。
少し前までのサン・マリーならそう断言しただろう。
けれど、今のサン・マリーは、彼らの姿が自分の未来の姿なのだと、正しく理解していた。
男たちは、サン・マリーの目の前で、いちまいいちまい指の爪をはがれた。
ついで、指をいっぽんいっぽん折られた。
それから、指をおとされ、鼻をそがれ、耳をおとされ。
脚や、腕も、いっぽんいっぽん……。
ひとりひとりの体力を測りながら、すぐに死なぬよう、男たちが味わう苦しみが長引くよう、丁寧に彼らを「痛めつける」という作業が行われていた。
それを行ったのは、ヒジリ王子だ。
サン・マリーが幼少のころから憧れ続けた、美しく優しい王子様。
サン・マリーと結ばれるはずだった、彼の人だ。
サン・マリーは、宰相のひとり娘として生まれた。
もえるような赤い髪に黄金の目、おさないころからサン・マリーは美しかった。
父である宰相は、サン・マリーが王子たちに縁づいてくれることを夢見た。
それは、ささやかな野望であるはずだった。
サン・マリーが5歳になる少し前、王宮に招かれた。
それは王宮側の配慮で、もうすぐ神殿にあがることになる女の子たちを集め、少しでも面識をもたせるためのお茶会だった。
そこに年ごろの近い王子たちも、参加していた。
国のために、親元から離れ、神殿にあがることになる令嬢たちへの感謝を捧げるためだ。
サン・マリーは、そこではじめてヒジリ王子にあった。
ヒジリ王子は、サン・マリーがこれまで読んだどの絵本の王子様よりもずっと美しく、凛としたたたずまいが素敵だった。
彼はやさしくサン・マリーに笑いかけ、足元にひざまずいた。
そしてサン・マリーの手をとり、自身のひたいにその手を押しあてた。
「あなたがたの尽力に感謝いたします」
ヒジリは、にこりとサン・マリーに笑いかけた。
それは王子として、国のために祈る少女たち全員にかけた言葉だった。
けれど、サン・マリーはその瞬間、彼の妻になることを心に決めた。
家に帰ったサン・マリーは、神殿にはいかないと父である宰相に言った。
神殿に行けば、成人するまでそこから出ることもままならない。
実家や、実家に縁のある貴族の家にならまだしも、王宮で王子様に会うことはかなわなかった。
最初は「馬鹿なことを。これは貴族の娘の義務だ」と、宰相もサン・マリーをたしなめていた。
けれどサン・マリーは、神殿行の馬車に乗せられるたび、手近なものを投げて、泣き叫び、抵抗した。
宰相とその妻は、サン・マリーを諭したり叱ったりして、サン・マリーを神殿へ行かせようとした。
けれど頑としてサン・マリーは受け入れず、サン・マリーが投げたポットがあたって怪我を負うメイドまででてしまった。
宰相は恥を忍んで、サン・マリーが寝ているすきに神殿へ送り届けることを、神殿に了承してもらった。
神殿側は大いにあきれたが、幼子が家族から離れることを嘆いて暴れることはままあることでもあり、快く了承した。
多くの場合、そうやってでも連れて来られた子どもたちは、同じ境遇の子どもが使命感をもって祈りを捧げている姿を見て、自分もその一員となるべく努力するようになる。
けれど、サン・マリーは違った。
いつまでも神殿にも、他の令嬢にもなじむことはなかった。
ひたすらに、自分は宰相の娘で、特別なのだと威張り散らしていた。
いつか自分は、ヒジリ王子と結婚するのだと、根拠もなくいいふらしていた。
だってそれが、サン・マリーの信じていた「真実」だったから。
そして、2年がたった。
ホーリーが聖女に選ばれ、その伴侶としてヒジリ王子が神の手によって選ばれた。
もう悲鳴すら、あげられない。
なぜ。
なぜ、わたくしがこのような目にあうの?
石造りの牢の床にへたりと座り込んだまま、サン・マリーはうつろに目の前の光景を見ていた。
目前には、盗賊団の男たちが血だまりの中、うめいている。
自分とは身分も育ちも違う、汚らしい男たちだ。
だから彼らの惨状は、自分にはなんの関係もない。
少し前までのサン・マリーならそう断言しただろう。
けれど、今のサン・マリーは、彼らの姿が自分の未来の姿なのだと、正しく理解していた。
男たちは、サン・マリーの目の前で、いちまいいちまい指の爪をはがれた。
ついで、指をいっぽんいっぽん折られた。
それから、指をおとされ、鼻をそがれ、耳をおとされ。
脚や、腕も、いっぽんいっぽん……。
ひとりひとりの体力を測りながら、すぐに死なぬよう、男たちが味わう苦しみが長引くよう、丁寧に彼らを「痛めつける」という作業が行われていた。
それを行ったのは、ヒジリ王子だ。
サン・マリーが幼少のころから憧れ続けた、美しく優しい王子様。
サン・マリーと結ばれるはずだった、彼の人だ。
サン・マリーは、宰相のひとり娘として生まれた。
もえるような赤い髪に黄金の目、おさないころからサン・マリーは美しかった。
父である宰相は、サン・マリーが王子たちに縁づいてくれることを夢見た。
それは、ささやかな野望であるはずだった。
サン・マリーが5歳になる少し前、王宮に招かれた。
それは王宮側の配慮で、もうすぐ神殿にあがることになる女の子たちを集め、少しでも面識をもたせるためのお茶会だった。
そこに年ごろの近い王子たちも、参加していた。
国のために、親元から離れ、神殿にあがることになる令嬢たちへの感謝を捧げるためだ。
サン・マリーは、そこではじめてヒジリ王子にあった。
ヒジリ王子は、サン・マリーがこれまで読んだどの絵本の王子様よりもずっと美しく、凛としたたたずまいが素敵だった。
彼はやさしくサン・マリーに笑いかけ、足元にひざまずいた。
そしてサン・マリーの手をとり、自身のひたいにその手を押しあてた。
「あなたがたの尽力に感謝いたします」
ヒジリは、にこりとサン・マリーに笑いかけた。
それは王子として、国のために祈る少女たち全員にかけた言葉だった。
けれど、サン・マリーはその瞬間、彼の妻になることを心に決めた。
家に帰ったサン・マリーは、神殿にはいかないと父である宰相に言った。
神殿に行けば、成人するまでそこから出ることもままならない。
実家や、実家に縁のある貴族の家にならまだしも、王宮で王子様に会うことはかなわなかった。
最初は「馬鹿なことを。これは貴族の娘の義務だ」と、宰相もサン・マリーをたしなめていた。
けれどサン・マリーは、神殿行の馬車に乗せられるたび、手近なものを投げて、泣き叫び、抵抗した。
宰相とその妻は、サン・マリーを諭したり叱ったりして、サン・マリーを神殿へ行かせようとした。
けれど頑としてサン・マリーは受け入れず、サン・マリーが投げたポットがあたって怪我を負うメイドまででてしまった。
宰相は恥を忍んで、サン・マリーが寝ているすきに神殿へ送り届けることを、神殿に了承してもらった。
神殿側は大いにあきれたが、幼子が家族から離れることを嘆いて暴れることはままあることでもあり、快く了承した。
多くの場合、そうやってでも連れて来られた子どもたちは、同じ境遇の子どもが使命感をもって祈りを捧げている姿を見て、自分もその一員となるべく努力するようになる。
けれど、サン・マリーは違った。
いつまでも神殿にも、他の令嬢にもなじむことはなかった。
ひたすらに、自分は宰相の娘で、特別なのだと威張り散らしていた。
いつか自分は、ヒジリ王子と結婚するのだと、根拠もなくいいふらしていた。
だってそれが、サン・マリーの信じていた「真実」だったから。
そして、2年がたった。
ホーリーが聖女に選ばれ、その伴侶としてヒジリ王子が神の手によって選ばれた。
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