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ロンドンのガイドブックを渡してみましたが

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「異世界?」

 とつぜん異世界から来たとか言い出した女に、彼の反応は実にシンプルなものだった。
 驚いて、すこし目を見張る。
それからこちらを観察するように、注意深く表情を探られた。

 さっきまでほんのりと赤くなっていた彼の頬は、今は冷静そのものだ。
それが少しさみしいけれど、彼の表情には嫌悪感や疑念はなく、そのことには安堵する。

「とつぜんこんなこと言って驚くと思うし、信じてもらえないかもしれないけど…。これを見てくれる?」

 私は、バッグの中から、まずロンドンのガイドブックを取り出した。

「これが、私のいた世界なの」

 私が住んでいたのは日本で、ロンドンの街並みとはちょっと違う。
 だけどここが異世界なら、「同じ世界」であるロンドンのほうが日本に近い。
初めからあまりややこしいことは言わないでいいだろうと考え、私はカラー写真のたくさん入ったガイドブックを見せる。

 男は、薄くて大きなガイドブックをパラパラめくり、眉間にしわをよせた。

 ガイドブックは、ごく簡単なもので、地図や名所、おみやげやおすすめのレストランなんかが大きな写真つきで掲載されている。
 ロンドンといえばコレ!っていう定番中の定番、あわい金色に見える優雅な時計塔ビッグベンと国会議事堂。
その前にデン!と突如あらわれる巨大な観覧車ロンドンアイ。
王族たちのすまいであるバッキンガム宮殿と、その前で行進する赤い衛兵服と細長い帽子をかぶった兵士たち。
ロンドンブリッジに、キューガーデンの薔薇。
大英博物館に所蔵されているオリエントの文化財。
名物の真っ赤な二階建てバス。
3段重ねのお皿にもられた優雅なアフターヌーンティのお菓子に、フィッシュアンドチップス。
世界的に有名な探偵シャーロックホームズの家の写真の次には、テディベア。
その次のページはお土産用のチープコスメ。
かと思えば、ドレスの令嬢と仮面の男がミュージカルにいざない、その横で、現代のパンキッシュな髪形の少年が笑う。

 ページをめくるたび、男の顔が驚きに満ちる。
と同時に、私のほうへむける視線が、疑惑に満ちていく。

 ええ、そうでしょうねー。
男の反応を見ながら、私はガイドブックを渡したことをちょっと後悔していた。

 スマホやカメラよりは刺激がすくないかなと思って、手始めに渡したんだけどさ。
 旅行に行くぞと思って情報をチェックしている時には気にならないけど、こうして「異世界」の人に見てもらって初めて気づいた。

 文化と歴史のあるひとつの国の情報をうすっぺらい一冊の本にしようとすると、わけのわからない感じになっているよね。
 なんだこのごった煮!
一貫性のなさ!

 名所がつくられた時代はまちまちだから、そこに現れる技術もまちまちだし、食べ物のランクもピンキリだ。
 世界中から集められた諸物はいうにおよばず、登場する人々の服装もシェイクスピアの舞台衣装から肌もあらわな現代の若者まで幅が広すぎる…。

「……なんというか、不思議な世界なんだな」

 最初から最後までガイドブックを見た男は、言う言葉にあぐねて、逡巡を重ねた後、ようやくそうつぶやいた。
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