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1年の半分が過ぎたけどなんにも進化してないと思ったけど、恋の種が芽吹いていたそうです。

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 やばい。
さっきの独り言、聞かれていたみたいだ。

 会社でひとり残業しつつ、「結婚」って独り言を言うアラサー、痛すぎじゃない?
むしろ、軽くホラーじゃない?

 あぶない、あぶない。
やばすぎる。

「あ、加々美くん、お疲れ様」

 さっと音がしたほうを見ると、フロアの入り口にいたのは、営業部所属の加々美くんだった。
大きいから、すぐわかる。

 あー、びっくりした。
なんでこんな時間に、こんなところにいるんだろ。

 あ、ひまりちゃんか。
たしか同期で、ときどき一緒に飲みに行ってるって、前にひまりちゃんが言ってたな。

 まぁ、聞かれたのがひとりでよかった。
ここは「え? そんなこと言ってませんよ?」とシラをきって、場をしのごう。

「ひまりちゃんなら、もう帰ったよ」

「ひまりが帰ったのは知っています! そんなことより、莉緒先輩、いま結婚って言いましたよね……? 結婚するんですか? 誰と?」

 作戦は、失敗した。
どうもはっきりと聞かれていたようだ。
おまけに、ごまかされてくれる気もないらしい。

 あっという間に私の机までにじりよってきた加々美くんが、ぐいぐいつめよってくる。
大学までラグビーをやっていたという体育会系バリバリな加々美くんのガタイはよすぎる。
つめよられると、若干恐い。
あと、顔が近い。

「いや、結婚したいなーって願望が口から出ただけ。相手はいません」

 言わせんなよ、恥ずかしい。
でもここで否定しなかったら、後でひまりちゃんから「莉緒先輩、結婚するんですか?」とかきらきらした目で言われそう。
だから涙を呑んで、はっきりきっぱり否定した。

 恥ずかしさに赤くなりそうな顔を、うつむいて隠す。
パソコンをシャットダウンしながら、ひらひらと手をふって、この話は終わりと態度で示す。

 それなのに加々美くんは納得できないのか、凛々しい眉をひそめてじっと見てくる。
やめろください。

「いや、今日で6月も終わりだし、今年も半年過ぎたじゃない? なんか今年もなにもしないまま半年がすぎちゃったなー、そろそろ年齢も年齢だし、結婚したいなーと思って」

 じっともの言いたげに見つめられて、しどろもどろに言い訳する。
なんで私、別の部署の後輩に、こんなこと言ってるんだろ。
冷静に考えちゃうと、悲しすぎるし、理不尽だ。

 なのに、加々美くんは追及の手を緩めてくれない。
さすがに距離はさっきのままだけど、私から目をそらさないまま、質問を続ける。

「って、相手はいるんですか?その、彼氏とか?」

「いないよー。なんかお見合いでもしようかな」

 うわぁああああん。
なにこれ、ちょっと泣いてもいい?
アラサーの先輩にそういうこと訊くの、もっと遠慮したほうがいいよ!

「なら、俺と結婚してください」

「ん?」

 いま、なんか聞こえた気がする。
クリアディスクにはうるさい会社なので、机の上を片付けていて、うっかり妙な幻聴を聴いたようだ。
 疲れているんだな。
さっさと帰って、寝よう。

「さてと。私も、もう帰るね。加々美くんも、フロア出てくれる? さすがに他部署の子、残して帰れないし」

「俺と、結婚してください!」

 よっこらせっと椅子から立ち上がったら、加々美くんに手を握られた。
って、えぇ?

「結婚!?加々美くんと!?」

 幻聴じゃなかったの?
なにが、どうして、そうなった!?
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