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婚約破棄して、10年目の邂逅。……そもそもなんでこんな男と婚約してたんだ?
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……こんな研究会、来るんじゃなかった。
10年ぶりの帰国は長期滞在の予定で、今日はなんの予定もなかった。
大学院の時の友人が発表する研究会があると聞いて、「行きたい」と言ったのは私だ。
けれど、この男が来る可能性を考えていなかった。
道理で友人が、微妙な表情をしていたわけだ。
彼女は、私と男の間にあったことすべてを知っているわけじゃない。
当時の私はほんとうに傷ついていて、男に言われたことを話すことさえ苦しくて、友人にも相談できなかった。
それでも私たちが付き合っていたことや、婚約破棄されたことは、友人も知っていたから。
忘れたと思っていた過去が、つぎつぎに脳裏によみがえる。
男は、大学の先輩だった。
ひとつ年上の男は、同じゼミの先輩でもあった。
勉強ばかりしていて、男の人はちょっと苦手だったかつての私は、気弱そうな男の押しの弱さと、さりげない女の子扱いに惹かれた。
男が大学院に入学したのを機に告白され、付き合い始めた。
1年後、私も大学院に入学し、その夏に婚約をかわした。
お互いの両親への顔合わせもつつがなくすませ、男が大学院を卒業したら結婚する予定だった。
だけど。
付き合い始めたころから、男はときどき私に対して支配的な顔を見せることがあった。
デートで食事に行っても、店は男が選ぶところばかりで、女の子の好きなカフェにはつきあってくれなかった。
映画を見ても、彼の好きな小難しい芸術的な作品ばかりで、私が好きな大衆受けするコメディやアクション映画は「見る時間の無駄だ」と切り捨てられた。
研究室で意見をかわしていても、とうとつに「これだから女は」と冷笑されることもあった。
遅くまで研究室で実験をしている時には全員の買い出しに行くように指名されたし、たまには手作りの夜食をさしいれしろ、とも言われた。
私も、彼と同じ院生で、彼にそんな扱いをされる筋合いはないのに。
今なら、そんな扱いを受けたら断固として抗議する。
けれど当時の私は、男の人ってそんなものなんだろう、と受け止めていた。
女性向けの雑誌でも、よく「男の人はたてるように」と助言されていたので、素直だった当時の私はそれをうのみにしていたのだ。
彼は、私以外の院生や先生たちにはすごく気を使っていたから、「いいひと」だからこそ、身内扱いの私には自分と同じように他人にも気遣いを強要するのだと思ってもいた。
私は男の態度に嫌気をおぼえながらも、現実なんてこんなものなのだろうと諦念を抱いていた。
なんだかんだいっても男は真面目で浮気や暴力とは無縁だったし、研究者としての未来も嘱望されていた。
大学院を卒業したあとも、大学の研究室に研究員として残れることも決まっていたのだ。
そんな彼と結婚し、自分も研究員として働ければ、そこそこの幸せを手に入れられる、と当時の私は考えていた。
優しくて自分を大切に扱ってくれる完璧な恋人とか、華々しい研究生活とか、そんなものは夢でしかない。
私にふさわしい現実的な夢は、そこそこの男と結婚し、そこそこの仕事をして、そこそこの幸せを手に入れることなんだって。
そんな夢を、信じていた。
その程度なら、自分でも簡単に手に入れられるって思っていた。
10年ぶりの帰国は長期滞在の予定で、今日はなんの予定もなかった。
大学院の時の友人が発表する研究会があると聞いて、「行きたい」と言ったのは私だ。
けれど、この男が来る可能性を考えていなかった。
道理で友人が、微妙な表情をしていたわけだ。
彼女は、私と男の間にあったことすべてを知っているわけじゃない。
当時の私はほんとうに傷ついていて、男に言われたことを話すことさえ苦しくて、友人にも相談できなかった。
それでも私たちが付き合っていたことや、婚約破棄されたことは、友人も知っていたから。
忘れたと思っていた過去が、つぎつぎに脳裏によみがえる。
男は、大学の先輩だった。
ひとつ年上の男は、同じゼミの先輩でもあった。
勉強ばかりしていて、男の人はちょっと苦手だったかつての私は、気弱そうな男の押しの弱さと、さりげない女の子扱いに惹かれた。
男が大学院に入学したのを機に告白され、付き合い始めた。
1年後、私も大学院に入学し、その夏に婚約をかわした。
お互いの両親への顔合わせもつつがなくすませ、男が大学院を卒業したら結婚する予定だった。
だけど。
付き合い始めたころから、男はときどき私に対して支配的な顔を見せることがあった。
デートで食事に行っても、店は男が選ぶところばかりで、女の子の好きなカフェにはつきあってくれなかった。
映画を見ても、彼の好きな小難しい芸術的な作品ばかりで、私が好きな大衆受けするコメディやアクション映画は「見る時間の無駄だ」と切り捨てられた。
研究室で意見をかわしていても、とうとつに「これだから女は」と冷笑されることもあった。
遅くまで研究室で実験をしている時には全員の買い出しに行くように指名されたし、たまには手作りの夜食をさしいれしろ、とも言われた。
私も、彼と同じ院生で、彼にそんな扱いをされる筋合いはないのに。
今なら、そんな扱いを受けたら断固として抗議する。
けれど当時の私は、男の人ってそんなものなんだろう、と受け止めていた。
女性向けの雑誌でも、よく「男の人はたてるように」と助言されていたので、素直だった当時の私はそれをうのみにしていたのだ。
彼は、私以外の院生や先生たちにはすごく気を使っていたから、「いいひと」だからこそ、身内扱いの私には自分と同じように他人にも気遣いを強要するのだと思ってもいた。
私は男の態度に嫌気をおぼえながらも、現実なんてこんなものなのだろうと諦念を抱いていた。
なんだかんだいっても男は真面目で浮気や暴力とは無縁だったし、研究者としての未来も嘱望されていた。
大学院を卒業したあとも、大学の研究室に研究員として残れることも決まっていたのだ。
そんな彼と結婚し、自分も研究員として働ければ、そこそこの幸せを手に入れられる、と当時の私は考えていた。
優しくて自分を大切に扱ってくれる完璧な恋人とか、華々しい研究生活とか、そんなものは夢でしかない。
私にふさわしい現実的な夢は、そこそこの男と結婚し、そこそこの仕事をして、そこそこの幸せを手に入れることなんだって。
そんな夢を、信じていた。
その程度なら、自分でも簡単に手に入れられるって思っていた。
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